高温産業向け炭素回収技術を開発する米国マンテル・キャプチャー(Mantel Capture)と、グローバルエンジニアリング企業のウッド(Wood)は2026年5月19日、商用展開の加速に向けた覚書(MOU)を締結したと発表した。ウッドはマンテルの「優先燃焼設備統合パートナー」に指定され、両社が数年にわたり進めてきたボイラー、ガスタービン、ワンススルー型蒸気発生器(OTSG)への炭素回収統合の技術協業を、商用案件の実装段階に引き上げる枠組みとなる。
本件は CCS(炭素回収・貯留)の商用化に向けた業界提携の一つであり、CDR や除去系カーボンクレジット市場とは独立した文脈に位置付けられる。
初の商用案件は西カナダの SAGD(蒸気支援重力ドレナージ)施設である。ウッドが FEED(フロントエンドエンジニアリング設計)を遂行中で、燃焼設備の統合および全体エンジニアリングを主導する。施設は年間約 60,000 トンの CO2 回収と、操業向け高圧蒸気 150,000 トンの生産を見込む。SAGD は重質油生産プロセスにおいて蒸気生成が最大の CO2 排出源となる構造であり、ウッドのグローバルディレクター、リチャード・スパイアーズ(Richard Spires)は「熱源に直接炭素回収を統合することで方程式そのものを変える」と述べた。
マンテルの中核技術は、独自開発の溶融ホウ酸塩(molten-borate)を用いた液相回収プロセスにある。従来型の CCS では排ガスを一旦冷却して吸収塔に通し、再加熱して CO2 を分離する工程が必要であり、この冷却・再加熱がエネルギー損失とコストの最大要因とされてきた。マンテルの方式はこの工程を省き、高温の排ガスから直接 CO2 を回収する点に技術的差別化を置く。
マンテルは自社方式についてエネルギー損失を 97% 削減し、トン当たり費用を業界平均の半分以下に抑えると主張する。共同創業者兼 CEO のキャメロン・ハリデイ(Cameron Halliday)は「重工業での炭素回収成功には革新的な化学だけでは足りず、これらのシステムが日々稼働する現実の中で機能しなければならない」とし、ウッドとの長年の協業が商用展開の基盤になると説明した。
もっとも、これらの性能主張は商用実証前の数値であり、独立第三者による検証データは公開されていない。同社の出資者にはシェル、エニ(Eni)、bp といったメジャー資源会社が名を連ねるが、出資の事実は技術性能の裏付けとは別である。
北米における CCS プロジェクトの経済性は、米国の45Q 税額控除やカナダ連邦・州レベルの投資税額控除(ITC)等の公的支援制度に大きく依存する構造にある。トン当たり費用の業界平均比半額という主張が成立するか否かは、これらの補助制度を組み込んだ全ライフサイクル経済性で評価されるべき論点となる。
一方で、SAGD のような重質油生産プロセスへの CCS 適用は、化石燃料生産の延命につながるとの批判もカーボン市場関係者の一部から提起されている。本件で回収される CO2 の最終処分(地中貯留か EOR(石油増進回収)か)、貯留の永続性、MRV(測定・報告・検証)の枠組みは現時点の公表情報には含まれていない。
マンテルとウッドは、発電、石油・ガス、製造業を中心に追加案件が複数進行中としているが、具体案件の名称・規模・運開時期はいずれも未公表である。
本件は高温産業向け CCS の商用化に向けた業界 MOU の一つとして位置づけられる。溶融ホウ酸塩による高温直接回収は、従来 CCS の最大コスト要因である冷却・再加熱工程を省く設計思想として技術的合理性を持つ。
ただし、エネルギー損失 97% 削減・トン当たり半額という性能主張は商用実証前の自社申告にとどまり、独立検証データを伴わない段階で確定的に評価することは難しい。西カナダ SAGD 案件の FEED 完了後に開示される設備費・運転費・補助制度組み込み後の実効回収コストが、技術の真価を判断する材料となる。
加えて、本件で回収される CO2 の最終処分先と永続性の枠組みが現時点で開示されていない点は、CCS プロジェクト評価の基本要件に照らして情報不足である。商用案件として実装段階に進む過程で、これらの情報がどの程度公開されるかが、技術論と経済性の双方を検証する前提条件となる。