カーボン・ビジネス・カウンシル(Carbon Business Council、以下CO2BC)は2026年5月19日、ネットゼロ目標を掲げる大企業のCDR購入意思決定に関する調査結果を公表した。英国・米国・ドイツ・フランスのフォーチュン1000企業に所属するサステナビリティ責任者25名への詳細インタビューに基づくもので、調査はベルウェザー・リサーチ(Bellwether Research)が実施した。対象企業はいずれもネットゼロ・コミットメントを有しながら、正式なCDR購入戦略を策定していない層である。
調査が浮き彫りにしたのは、CDRをネットゼロ達成に不可欠と認識しながらも、政策・報告ルールの不確実性を理由に投資判断を保留する「様子見市場」の構造である。
今日購入したカーボンクレジットが将来の報告・規制フレームワーク下で認められない可能性への懸念が、最も一貫した障壁として指摘された。
欧州ではCSRDおよびグリーンクレーム指令の不確実性が頻繁に挙げられ、米国では政治的変動と連邦レベルの明確な方向性の欠如が「様子見」姿勢の要因として指摘された。
注目すべきは、回答企業が「低水準であっても義務的購入要件の導入こそが、CDR業界に対する最も効果的で安定した市場シグナルを生み出す」と指摘した点である。 太陽光・風力で用いられたような税制優遇や補助金メカニズムといった金融インセンティブも、コスト競争力改善と初期市場形成のための重要なツールとして言及された。
CO2BCのエグゼクティブ・ディレクター、ベン・ルービン(Ben Rubin)氏は「より明確なルールとガイダンスが、行動を加速し将来の供給を牽引するために必要である」と述べ、政策リーダーシップが民間投資の早期かつ一貫した動員を支える鍵になるとの見方を示した。
調査が示すもう一つの構造的論点は、政府政策と企業フレームワークが果たす役割分担である。政府が目標設定、規制、インセンティブを通じて環境整備を担う一方で、SBTiやCSRDといったフレームワークが企業行動を規定する力を強めており、信頼できる気候アクションの定義、戦略・開示への組み込み、需要シグナルの創出までを担っている。
本年中にEU ETSの更新およびSBTi企業ネットゼロ基準の改定が予定されており、政策リーダーシップを発揮する好機が今まさに訪れているというのが、CO2BCの問題提起である。早期の政策明確化と需要シグナルが、CDRが新興市場から確立された気候ソリューションへ移行するスピードを左右することになる。
もっとも、CO2BCはCDR関連企業100社以上を擁する業界団体であり、本調査が義務的購入要件や補助金導入といった政策提言を後押しする立場から設計されている点には留意が必要である。一方で、需要側の25社が匿名で示した懸念の一貫性は、政策不在が実際の購買行動を抑制している実態を示すものとして、業界団体の政策アドボカシーとは独立に評価しうる。
本調査が示す「様子見市場」の構造は、需要側企業の慎重姿勢を「企業の決断不足」ではなく「政策設計の不備」として再定義する試みとして位置づけられる。SBTi企業ネットゼロ基準改定やEU ETSの除去系統合に向けた議論が本年中に進む中で、義務的購入要件の制度化可否はCDR市場のスケール速度を左右する論点となる。
日系企業にとっても、GX-ETS第二フェーズおよびSSBJ最終化を控え、CDRクレジットの将来的な制度認定枠組みが投資判断の前提となる構造は共通しており、自国の政策シグナル形成に対する関与の重要性が高まっている。