英国のグリーン・ファイナンス・インスティテュート(Green Finance Institute、GFI)は2026年5月13日、CDR向け金融プラットフォーム「CDRカタリスト(CDR Catalyst)」の始動を発表した。
第1号案件として、コーンウォール拠点のバイオ炭事業者レストード(Restord)に対し、英国の農村経済特化型銀行であるオックスベリー銀行(Oxbury Bank)が100万ポンド(約2億1,400万円)の商業融資を実行した。英国のバイオ炭事業者向け商業銀行融資としては初の案件である。
GFIによれば、この取引は慈善資本の信用補完を活用して商業融資を実現するブレンデッドファイナンスの実証案件として設計された。CDR分野で長年課題とされてきた助成金・ベンチャーキャピタル依存からの脱却、すなわち事業者を収益創出型へ移行させる金融構造の構築を狙うものである。
本件の取引構造は三層から成る。
第一層は、CDRカタリストの創設パートナーである慈善団体テラセット(Terraset)による信用補完である。テラセットはレストードからの除去系カーボンクレジットを先行買取する形で慈善資本を投下し、商業融資のリスクを引き下げた。同団体はこれまでに世界各国で20件以上のCDR先行買取契約を実行しており、エクイティ出資や融資の第一損失保証など、商業資本誘導の触媒として機能する金融手法を蓄積している。
第二層は、オックスベリー銀行による商業融資100万ポンドである。同行のCEO兼共同創業者ニック・エヴァンス(Nick Evans)は「高品質な炭素除去プロジェクトが環境貢献と農村経済の機会創出を両立する」とコメントしており、GFIの仲介により参入判断に必要な情報と確信が得られたとの含みを示した。
第三層は事業実装パートナー構造である。レストードがプロジェクト主体となり、廃棄物供給はグリーン・ウェイスト・カンパニー(The Green Waste Company)、パイロライザー(熱分解装置)技術はウッドテック・エンジニアリング(Woodtek Engineering)が担う。レストードCEOのトム・プレヴィット(Tom Previte)は、本融資により年間約2,000トンのCO2をバイオ炭生産を通じて除去する計画と表明している。
英国にはCDR事業者が100社超存在するものの、世界の除去系カーボンクレジット供給量に占めるシェアは1%未満にとどまる。GFIはこのギャップを「商業化ボトルネック」と位置付け、技術スケールリスク、高い設備投資、初期収益の不確実性を主因として挙げる。
政策面では追い風が強い。英国気候変動委員会(Climate Change Committee、CCC)は第7次カーボンバジェットの費用分析において、工学的CDRを投資機会として明示し、規模に見合う民間資本を解放する金融メカニズムの設計が必要であると指摘した。英国政府は2029年までに工学的CDRをUK ETSへ統合する計画を打ち出しており、加えてカーボン差額契約(Carbon Contracts for Difference、CCfD)の制度設計も進行中である。カーボンバジェット執行計画では、2035年までに21.8 MtCO2の工学的除去を達成する目標が掲げられている。
GFIのCDRディレクター、ジョージア・ベリー(Georgia Berry)は本案件について「忍耐強い資本(patient capital)へのアクセスと、投資リスクを分散させる取引設計を組み合わせることで、英国CDR市場を拡大するアプローチの強力な実証となった」と述べた。
CDRカタリストはバイオ炭以外に、DAC、BECCS、ERW、建材中のCO2貯留を対象範囲としている。ミルキーワイヤ(Milkywire)が戦略アドバイザーとして参画し、同社の気候変革ファンド(Climate Transformation Fund)が成長段階プロジェクトの供給源として機能する設計である。
本案件をCDR融資の転換点と評価する見方が主流である一方、論争的側面も存在する。
第一に、バイオ炭の永続性は数百年規模とされ、DACCSのような数千年規模の固定とは性質が異なる。除去系カーボンクレジット市場の中で高永続性プレミアム層との切り分けが必要であり、両者を同列に「除去」として扱う議論には批判もある。
第二に、100万ポンドという規模は、英国の2035年21.8 MtCO2目標に対して桁違いに小さく、ブループリント効果が他案件に波及しない限り構造的影響は限定的との指摘も成り立つ。
第三に、慈善資本の信用補完なしには商業融資が成立しなかった事実は、依然として純粋な商業ファイナンスへの移行には距離があることを示している。テラセットの慈善資本が将来枯渇するシナリオではスキーム自体が機能不全に陥るリスクも、長期視点では検討すべきである。
一方で、こうした批判は単発案件への評価としては妥当でも、ブレンデッドファイナンスの構造そのものを否定する論拠にはなりにくいとの反論もある。慈善資本は触媒として商業資本を呼び込むことが目的であり、最終的には商業ファイナンスのみで回る段階を目指す設計だからである。テラセット自身も、本案件を「最大の触媒効果を発揮しうる段階の英国CDRセクターへの介入」と位置付けている。
CDRカタリストの本質は、慈善資本・商業融資・先行買取を一体設計したブレンデッドファイナンス手法を、繰り返し適用可能なブループリントとして提示した点にある。
日本のCDR事業者ファイナンスは依然としてベンチャーキャピタルと公的助成金に偏っており、商業銀行の融資商品はほぼ存在しない。この間隙を埋めるには、地銀・農林系金融機関と国際的慈善資本、政府系基金、需要側企業の先行買取を組み合わせるスキーム設計が現実的な突破口となる。
GX-ETSが2026年度から有償オークションへ移行し、除去系カーボンクレジットの位置付けが将来的に論点化することを踏まえれば、英国の制度設計(UK ETSへのCDR統合、CCfD導入)と金融設計を併走で観察することが、日本のCDR市場形成において不可欠である。
参考:https://www.greenfinanceinstitute.com/news/gfis-cdr-catalyst-launches-unlocking-1m-in-financing-in-first-of-its-kind-british-biochar-deal/