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EU首脳、ETS改革を2026年7月までに要求 イタリアは電力セクターでのETS停止を提案、30超のNGOは制度堅持を訴え

2026.03.13 読了 約10分
EU首脳、ETS改革を2026年7月までに要求 イタリアは電力セクターでのETS停止を提案、30超のNGOは制度堅持を訴え
出典:EU理事会(Council of the EU)

2026年3月10日に公開されたEU首脳会議(3月19日開催予定)のサミット結論草案によると、欧州連合(EU)加盟国首脳は、欧州委員会に対し排出量取引制度(ETS)の見直し案を遅くとも2026年7月末までに提出するよう要求する見通しである。欧州委員会はこれまで2026年第3四半期中の改革案提示を予定していたが、加盟国側はこの期限の前倒しを求めている。

こうした動きと並行して、イタリアのジョルジャ・メローニ(Giorgia Meloni)首相は3月11日、イタリア議会での発言において電力セクターに対するEU ETSの一時停止を3月19〜20日のEU首脳会議で提案する意向を表明した。

一方、同日にはカーボン・マーケット・ウォッチ(Carbon Market Watch)やWWFを含む30以上の市民社会団体(NGO)が共同書簡を発表し、EU首脳に対してEU ETSの健全性と予見可能性の堅持を求めた。

EU ETSの将来像を巡る攻防が、首脳会議直前にかつてない緊張度に達している。

ボラティリティ抑制とエネルギーコスト対策

結論草案は、EU ETSの改革にあたり2つの主要目標を掲げている。第一に、炭素価格のボラティリティ(価格変動性)を低減すること。第二に、炭素コストが家庭および産業の電力価格に与える影響を緩和することである。同時に、草案はEU ETSがEUのエネルギー転換において果たす中核的役割を維持することの重要性を明記しており、制度そのものの廃止や大幅な骨抜きは退けられた格好である。

この要求の背景には、スロバキアやチェコ共和国などがエネルギー料金引き下げのためにEU ETSの一時停止ないし要件緩和を求めている政治的圧力がある。一方で、2026年2月にはドイツ、フランス、イタリアを含む11の加盟国が共同声明を発表し、産業競争力の保護と価格安定化のための制度全体の見直しを要求していた。首脳会議の結論草案は、この両方の動向を踏まえた政治的妥協の産物といえる。

イタリア・メローニ首相、電力セクターのETS一時停止をEU首脳会議で提案へ

メローニ首相は3月11日のイタリア議会における声明で、2026年夏に予定されているEU ETSの正式見直しまでの間、電力セクターに対するEU ETSの適用を一時停止することをEU首脳会議の場で提案する方針を確認した。この提案は、地政学的緊張に起因するエネルギー価格高騰からイタリアの家庭と産業を保護する狙いとされている。

しかし、イタリアの気候変動シンクタンクであるエッコ(ECCO)は即座にこの提案を批判し、EU ETSの一時停止はイタリアの電力料金問題の解決にはつながらないと警告した。エッコは欧州中央銀行(ECB)のデータを引用し、イタリアにおいてEU ETSが家庭の電力料金に占める割合は約3%、産業の電力コストに占める割合は約7%に過ぎないと指摘。電力価格の高騰と不安定性の真の原因はイタリアのガスへの過度な依存であり、化石燃料価格ショックと地政学的不安定性に家庭と企業がさらされている構造こそが問題の本質であると主張した。

エッコのエグゼクティブ・ディレクターであるルカ・ベルガマスキ(Luca Bergamaschi)氏は、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen)委員長がEU ETSによって欧州のガス依存が1,000億立方メートル削減されたと指摘していることに言及し、メローニ首相がガス依存ではなくEU ETSを標的にすることは、問題の真因に対処しないままイタリアを欧州内で孤立させるリスクがあると警鐘を鳴らした。

エッコが提示する「ETS停止なし」の代替策

エッコは、EU ETSの一時停止に頼らずとも、イタリアにはエネルギー料金を引き下げるための具体的な手段と財源がすでに存在すると主張している。

第一に、EU ETSのオークション収入(約40億ユーロ=約7,340億円)を電力システム賦課金の引き下げに充当すること。第二に、環境に有害な補助金やウインドフォール利益をクリーンエネルギー投資に振り向けること。第三に、許認可の隘路を解消し投資家の信頼を回復することで再生可能エネルギーの導入を加速させること。第四に、公的保証を通じた長期電力購入契約(PPA)を強化し、企業をガス価格のボラティリティから遮断すること。第五に、一方的措置ではなくEUレベルの電力市場改革に建設的に参画すること。

エッコの試算によれば、ETSオークション収入に加え、ガスコスト上昇に伴うVAT増収分(約43億ユーロ=約7,890億円)およびエネルギー企業への公的出資からの配当金(約24億ユーロ=約4,400億円)を合わせると、総額約100億ユーロ(約1兆8,350億円)の財政的余力が存在し、EU ETSの枠組みを変更することなく即座にエネルギー料金引き下げに動員可能であるとしている。

エッコは、イタリア政府が発令した「エネルギー料金政令」のように、イタリア国内の化石燃料由来の発電に対するEU ETSの効果を実質的に無効化する一方的介入は、クリーンエネルギー投資を抑制し、イタリアとEUの化石燃料ボラティリティへのエクスポージャーを長引かせると警告している。まさに、イタリア政府がこの提案で解決しようとしている問題を悪化させる結果になりかねないとの指摘である。

30超のNGOがEU ETSの堅持を要求「短期的な政治介入から制度を守れ」

メローニ首相の提案と同日に発表されたカーボン・マーケット・ウォッチの共同書簡は、イタリアの動きを含む制度弱体化圧力への対抗を明確に打ち出している。カーボン・マーケット・ウォッチのEU産業脱炭素化政策専門家であるリディア・タメリーニ(Lidia Tamellini)氏が取りまとめた共同書簡は、EU首脳に対し以下の5項目を要求している。

第一に、強固で予見可能性の高い、ルールベースのカーボンプライシングの枠組みを短期的な政治介入から隔離すること。第二に、欧州委員会が準備中のEU ETS見直しを通常の立法プロセスを通じて実施し、緊急サミットによる場当たり的な変更を避けること。第三に、2030年・2040年の法定気候目標に沿った排出上限(キャップ)の軌道を維持し、市場安定化リザーブ(MSR)の健全性を守ること。第四に、汚染者負担の原則を堅持し、無償排出枠の段階的廃止スケジュール(CBAM対象セクターおよび非CBAM対象セクターの双方)を遵守すること。第五に、EU ETSのオークション収入とイノベーション基金を戦略的に活用し、電化・サーキュラリティ・再生可能エネルギー・イノベーションへの低炭素産業投資を加速させること。書簡は特に、化石燃料ベースのロックイン(固定化)を回避し、国際気候ファイナンスへの貢献を確保すべきであると強調している。

三つ巴の攻防、産業ロビー vs. ETS支持企業 vs. 加盟国

EU ETSの改革を巡る政治的構図は三つの勢力に分かれている。

第一の勢力は、制度の緩和ないし停止を求める産業ロビーおよび一部加盟国である。主要な業界団体は「アントワープ宣言」を提出し、米国や中国との競争力維持のために炭素コストの引き下げを要求している。欧州委員会が地政学的緊張に起因する高エネルギーコストへの対応として、排出枠の供給拡大や無償排出枠の増額を検討しているとの報道が、この動きに拍車をかけている。イタリアのメローニ首相による電力セクターのETS停止提案は、この勢力の最も先鋭的な表出である。

第二の勢力は、強固なEU ETSを支持する企業群である。スウェーデンのエネルギー大手バッテンフォール(Vattenfall)やスイスの建材大手ホルシム(Holcim)を含む100社超の企業が産業ロビーの一部と袂を分かち、EU ETSの維持を支持する立場を表明した。これらの企業は、電力価格高騰や市場統合の遅れこそが産業競争力の本質的な課題であり、炭素コスト自体は主因ではないと主張している。エッコのベルガマスキ氏の分析もこの立場と軌を一にするものである。

第三の勢力は、制度の根本的変更に反対する加盟国である。8つのEU加盟国がEU ETSの「根本的な変更」を避けるよう求める立場を表明し、同制度をEUの気候政策の礎石(コーナーストーン)と位置づけている。

ECOFIN閣僚理事会、フランスがCBAMの「最外縁地域」向け修正を提案

同日開催されたEU経済・財務理事会(ECOFIN)では、フランスが炭素国境調整メカニズム(CBAM)の修正案について閣僚理事会に情報提供を行った。フランスの提案は、EUの最外縁地域(グアドループ、仏領ギアナ、マルティニーク、マヨット、レユニオンなどの海外領土)の特殊事情を考慮し、CBAMの適用条件を調整する内容である。

これらの地域は欧州大陸から6,000km以上離れており、港湾の取扱量が小さく、輸入が輸出の約10倍を占めるという構造的特徴を持つ。フランスは、EU条約第349条に基づき、最外縁地域においてCBAMの適用を柔軟化するターゲット型の適用除外(デロゲーション)を規定に盛り込むことを求めている。具体的には、対象地域と製品を限定した上で、当該製品が最外縁地域内での現地消費に限定されることを条件としたものである。

EU ETS改革の広範な文脈、2026年は転換点

2026年のEU ETSは複数の構造的変化が重なる転換期にある。CBAM本格施行に伴い対象セクターへの無償排出枠は段階的に削減が開始されており、2026年にはCBAM対象外セクターで最大30%、CBAM対象セクターでは2.5%の削減が適用される。排出枠の年間供給量は前年比約8%減となり、市場の需給は構造的にタイト化が進む。

また、欧州委員会は2026年中に恒久的な炭素除去(CDR)をEU ETSに統合する可能性の評価を実施する予定である。直接空気回収(DAC)やバイオエネルギー炭素回収・貯留(BECCS)などの炭素除去(CDR)技術に基づくカーボンクレジットが、将来的にEU排出枠(EUA)と共存する形で市場に導入される可能性が検討されている。ただし、実際の統合は2030年代半ば以降になるとの見方が大勢である。

さらに、市場安定化リザーブ(MSR)の見直しも2026年の改革議題に含まれ、排出枠の吸収率やしきい値の調整が議論される見通しである。NGO連合がMSRの健全性維持を明確に要求し、エッコがオークション収入の戦略的活用を提案していることからも、この制度設計がEU ETSの価格安定性と気候目標の達成に直結する重要論点であることが再確認される。

EU ETSの制度改革を巡る攻防は、日本のGX-ETSフェーズ2の制度設計にとって三つの重要な教訓を提供している。

第一に、イタリアのメローニ首相による電力セクターETS停止提案は、カーボンプライシングに対する政治的圧力が制度の予見可能性と投資シグナルを毀損するリスクを端的に示している。GX-ETSでも「排出枠価格が産業競争力を損なう」との主張が制度の骨抜きにつながる可能性があり、エッコが示したようにエネルギー料金に占める炭素コストの実際の比率を定量的に検証する姿勢が日本でも求められる。

第二に、バッテンフォールやホルシムのような欧州先進企業が「炭素コストよりもエネルギー市場の構造問題こそが競争力の本質的課題」と主張し、100社超がEU ETS支持を表明している事実は、日本の産業界においても排出削減投資と長期的なエネルギーコスト安定化を結びつけた戦略的議論の深化が必要であることを示唆している。

第三に、CBAMの本格施行と下流製品への適用拡大は、鉄鋼・アルミニウム・セメントなどを欧州に輸出する日本企業のコスト構造を直接変容させる。

EU ETSへの炭素除去(CDR)統合やMSR改革の動向は、J-クレジット制度や二国間クレジット制度(JCM)におけるCDRクレジットの取り扱い、GX-ETSにおける価格安定化メカニズムの設計を検討する際の決定的な先行事例となる。

参考:https://www.consilium.europa.eu/en/meetings/ecofin/2026/03/10/

参考:https://carbonmarketwatch.org/publications/joint-ngo-letter-to-safeguard-the-integrity-and-predictability-of-the-eu-ets/

参考:https://eccoclimate.org/gas-not-ets-is-driving-italys-energy-bills/

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カーボンクレジット.jp 編集部
カーボンクレジット.jp編集部|2023年末に当時日本初かつ唯一のカーボンクレジット専門情報メディアを立ち上げ。高度な専門性とわかりやすさを追求した翻訳力。