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欧州委、EU ETSベンチマーク2026-2030改定案を提示 産業界要求のフォールバック緩和は7月本体改定へ先送り

2026.05.12 読了 約6分
欧州委、EU ETSベンチマーク2026-2030改定案を提示 産業界要求のフォールバック緩和は7月本体改定へ先送り

欧州委員会は2026年5月11日、EU排出量取引制度(EU ETS)の2026年から2030年における無償割当ベンチマーク値の改定案を公表した。4週間の公開協議と気候変動委員会での加盟国審査を経て、6月末までに実施法令として採択される予定である。

今回の改定案は表面的には「フォールバックベンチマーク据え置き」として報じられているが、その実態は2026年7月予定の本体ETS改定への構造的布石であり、二層構造で読み解く必要がある。

改定案の骨格

EU ETSのベンチマークは、ETS指令に基づき技術進歩を反映して定期的に更新される。

今回の改定案では、産業界は平均で排出量の約75%相当の無償割当を引き続き受け取る水準が維持された。電化インセンティブを継続する観点から、14の製品ベンチマークについて電力使用に伴う間接排出のカバーが維持され、これによる2026-2030年期間の財政的影響は約40億ユーロ(約7,440億円)規模と試算される。

「据え置き」の二面性 産業界にとっての敗北、NGOにとっての部分的勝利

今回最も注目すべき論点は、「フォールバック据え置き(unchanged)」という表現の解釈である。これは決して「現状維持で何も起きなかった」ことを意味しない。

産業界は熱・燃料フォールバックの大幅削減を緩和するよう強く要求していたが、欧州委員会は実装法令レベルではこの要求を退け、ドラフト案の厳格な削減幅をそのまま維持した。つまり「unchanged」は産業界の譲歩要求を委員会が拒否したことの裏返しの表現である。

その代償として委員会が提示したのが、7月の本体ETS改定での「セクター別フォールバックベンチマーク」新設である。委員会に当該方法論を定義する権限規定(empowerment)を設ける形で導入する方針を明示し、改定方法論を「可能な限り早期に適用可能とする」と踏み込んでいる。

実装法令での緩和拒否と引き換えに、本体改定でのセクター別フォールバック新設という構造的措置を約束した格好である。

環境派の強い反発と、産業界に残る不満

オーストリア緑の党のレナ・シリング(Lena Schilling)欧州議会議員は、一部ベンチマーク値の引き上げを「ミステイク」と批判し、「欧州が脱炭素への巨額投資を必要としている時に、追加で数十億規模の無償割当を配ることはETSのインテグリティを損ない、クリーン産業への移行を遅らせる」と述べた。ブリュッセルを拠点とするNGOカーボン・マーケット・ウォッチ(Carbon Market Watch)のサム・ファン・デン・プラス(Sam van den Plas)政策ディレクターも、化石燃料危機の最中での追加無償割当を「極めて短視眼的」と糾弾している。

一方で、産業界の側もこの改定案を歓迎しているわけではない。

フォールバック緩和という最重要の要求は7月以降に先送りされ、その間の運用空白に対する懸念は残る。化学セクターは間接排出カバー維持で恩恵を受けるが、フォールバック方式で割当を受ける施設にとっては依然として厳しい削減ペースが課される。

「三位一体」の構造改革、本体改定への助走

今回のベンチマーク改定は、欧州委員会が進める2026年のETS構造改革パッケージの一部として理解する必要がある。

フォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen)委員長は3月、400 million EU排出枠(EUA)を原資とする300億ユーロ(約5兆5,800億円)規模のETS投資ブースターを発表した。中小企業のアクセス容易化と、温度帯別の産業熱脱炭素など個別最適化された経路設計が念頭にある。さらに4月1日には、MSR(Market Stability Reserve、市場安定化リザーブ)の改定提案が出され、4億EUA超過分の無効化廃止により将来の供給逼迫リスクへの対応力を強化する方向性が示された。

ベンチマーク改定(無償割当の決定)、MSR改定(流通量管理)、投資ブースター(脱炭素資金)の三本柱が、7月の本体ETS改定へと収斂する設計である。今回の実装法令単体を「フォールバック据え置き」という見出しだけで評価するのは過小評価であり、本体改定までの一連の制度パッケージの中で位置づけ直す必要がある。

GX-ETSと日本市場への含意

第一に、無償割当設計の参照モデルとして。日本のGX-ETSは2026年度から有償化フェーズに本格移行する局面にあり、ベンチマーク方式の運用知見、特に無償割当水準の決定論理と段階的削減のテンポ設計について、EUの試行錯誤は直接の参照軸となる。EUが平均75%の無償割当水準を維持する設計判断は、産業競争力と排出削減ペースのバランス点として、日本の制度設計者が精査すべき水準である。

第二に、CBAM×無償割当の連動構造として。EUはCBAM(炭素国境調整メカニズム)の本格運用と並行して無償割当を維持するという、一見矛盾する設計を続けている。日本では国境調整の導入論議が始まったばかりだが、EUモデルは「CBAMと無償割当は二者択一ではなく、移行期には併存可能」という制度設計上の前例を示している。

第三に、セクター別フォールバックという発想として。GX-ETSが業種別の排出原単位算出を導入している点と、EUが今回打ち出した「セクター別フォールバックベンチマーク」新設の方向性は、概念的な親和性がある。EUが今後どのような業種区分でフォールバック方法論を定義していくかは、日本のGX-ETS方法論設計の精緻化にも示唆を与える。

今回の改定案は、表向き「フォールバック据え置き」という見出しに集約されるが、その実態は7月本体改定への入念な布石である。

欧州委員会は短期的には産業界のフォールバック緩和要求を退けつつ、中期的にはセクター別フォールバックという制度的緩和パスを用意し、さらにMSR改定と300億ユーロの投資ブースターを組み合わせることで、産業移行支援の「三位一体」パッケージを構築している。

日本のGX-ETSが有償化フェーズへ移行する2026年度、編集デスクとしては、この「実装規則レベルでは厳格さを維持しつつ、本体改定で構造的緩和を行う」というEU流の二段構えを、GX-ETS設計の重要な参照モデルとして注視すべきと評価する。とりわけCBAMと無償割当の併存設計は、日本の国境調整議論において避けて通れない前例となる。

参考:https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_26_1044

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カーボンクレジット.jp 編集部
カーボンクレジット.jp編集部|2023年末に当時日本初かつ唯一のカーボンクレジット専門情報メディアを立ち上げ。高度な専門性とわかりやすさを追求した翻訳力。