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EU ETSを「微調整」 中東地政学リスクが加速させる欧州炭素市場の転換点

2026.03.26 読了 約3分
EU ETSを「微調整」 中東地政学リスクが加速させる欧州炭素市場の転換点
出典:European Council

欧州連合(EU)は2026年3月、中東情勢の悪化に伴うエネルギーコスト高騰を受け、気候政策の要である排出量取引制度(ETS)の枠組み調整を打ち出した。

欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen)委員長が表明した一連の措置は、製造業の負担軽減と気候目標の維持という二律背反の課題に欧州が直面していることを明確に示している。

4つの柱

欧州委員会が示した制度修正の骨子は以下の通りである。

①無償排出枠の拡大

産業部門が受け取れる無償の排出枠を拡大し、エネルギーコスト上昇分を直接吸収する狙いがある。特に鉄鋼・化学・セメントなどのエネルギー多消費産業が対象となる見込みだ。

②市場安定化リザーブ(MSR)の強化

価格の過度な変動を抑制するMSR(Market Stability Reserve)の機能を強化し、排出枠の需給ショックを緩衝する設計への見直しが進む。

③追加排出枠の放出

フォン・デア・ライエン委員長は追加排出枠の市場への供給を示唆した。この発言を受けて、EU ETSの基準炭素価格はただちに約5%下落し、1トン当たり約66ユーロ(約1万2,100円)となった。

④脱炭素投資ブースター

3兆円規模(約300億ユーロ〈約5兆4,900億円〉)の「投資ブースター」が提案され、4億枚の排出枠を財源として、エネルギー集約型産業の近代化支援に充てる方針が示された。

地政学リスクが引き金に

今回の政策転換の直接的な契機は、中東における軍事的緊張と湾岸地域のガスインフラ障害である。原油価格の急騰と天然ガス供給の不安定化がグローバルなエネルギー価格を押し上げ、欧州の産業コストに波及している。

欧州のエネルギー供給自体は現時点で直接的な影響を受けていないものの、ドイツの景況感指数の悪化や大手化学メーカーによる製品値上げが相次いでおり、製造業の競争力低下への懸念が政策当局を動かした。

炭素コストが電力価格に占める比率は約11%とされるが、こうした局面においては政治的焦点として機能しやすく、その象徴的意味は数字以上に大きい。

「緩和」でも気候目標は堅持

注目すべきは、EU ETSの「緩和」措置にもかかわらず、EUが2040年までの温室効果ガス(GHG)90%削減目標を法的拘束力をもって維持している点だ。この目標は2026年3月初旬に正式採択されたばかりであり、今回の調整は目標の放棄ではなく、移行コストの配分と速度の調整にとどまる。

市場では、短期的には追加供給で下押し圧力がかかる一方、中長期的にはキャップの段階的引き締めによる需給逼迫が見込まれており、トレーダーの間では2026年後半以降の価格回復シナリオも織り込まれ始めている。

EUの炭素市場は2005年の発足以来、輸入化石燃料への依存低減と再生可能エネルギー投資の促進に貢献してきた。今回の微調整は、その基本設計を変えるものではなく、地政学ショックへの一時的な緩衝策と位置づけられる。

EU ETSの「緩和」は、炭素価格の政治的脆弱性を改めて露わにした。

日本においてもGX-ETSの本格稼働を見据え、同様の産業コスト問題は避けて通れない。エネルギー多消費型の国内企業にとって、欧州の事例は制度設計における「価格変動バッファー」の必要性を示す先行事例として注視すべきであろう。

また、今回の追加排出枠放出による価格下落は、ボランタリーカーボンクレジット市場にも割安感を生む可能性があり、J-クレジット制度を活用する日本企業のオフセット戦略にも影響を与え得る。

参考:https://www.consilium.europa.eu/en/meetings/european-council/2026/03/19/

関連タグ 欧州
カーボンクレジット.jp 編集部
カーボンクレジット.jp編集部|2023年末に当時日本初かつ唯一のカーボンクレジット専門情報メディアを立ち上げ。高度な専門性とわかりやすさを追求した翻訳力。