アルセロール・ミタル(ArcelorMittal)の欧州部門、ティッセンクルップ・スチール(thyssenkrupp Steel)、フェストアルピーネ(voestalpine)の3社は6月17日、EUの排出量取引制度(EU ETS)の改革を求める共同声明を発表した。中核となる要求は、脱炭素を経済的に成立させる条件が整うまでETSのコスト上昇を一時的に凍結することである。
3社は欧州の一貫製鉄生産の約60%を占め、声明はアルセロール・ミタルのラクシュミ・ミタル(Lakshmi Mittal)会長がフィナンシャル・タイムズ(Financial Times)に寄稿する形で示された。
3社によれば、現行のEU ETSの枠組みの下では、域内の鋼材製造コストが2030年代初頭までに約50%上昇する見込みである。鉄鋼集約型の輸入品には同等の炭素コストが課されず、EUからの輸出には炭素コストを回収する払い戻しもない。
この構図を放置すれば、鉄鋼集約型の製造業が30〜40%縮小し、バリューチェーン全体で最大500万人の雇用が失われると3社は試算する。製造業のGDP比率を20%に引き上げるとする産業アクセラレーター法(Industrial Accelerator Act)の目標とも逆行する、というのが論理である。
3社は、EU ETSが電力部門の排出を2005年から2023年にかけて約49%削減した実績は認めつつ、鉄鋼のような高排出産業には実効的な脱炭素経路をまだ提供できていないと指摘する。不足しているとされるのは、競争力ある電力価格、安価なグリーン水素、カーボンディファレンス契約(CCfD)、CCS、低炭素鋼のリードマーケットである。コストだけが先行し、これらが大規模に利用可能となる順序が逆転している、という問題提起である。
共同声明の要求は3点である。第一に、前提条件が整うまでETSのコスト上昇を現行水準で凍結すること。第二に、ファーストムーバーが不利を被らない枠組みを設け、ETS収入を産業の脱炭素に充当すること。第三に、輸入と輸出の競争力に均衡的に対応することである。
ティッセンクルップ・スチールのマリー・ヤロニ(Marie Jaroni)CEOは、ETSが欧州産業の現状を反映しておらず、競争力と変革の両立が困難になっていると述べ、ファーストムーバーが不利にならないためのコスト凍結の必要性を強調した。フェストアルピーネのヘルベルト・アイベンシュタイナー(Herbert Eibensteiner)CEOは、無償割当の段階的廃止が変革の決定的局面で必要な資金を既に圧迫していると指摘した。
3社は炭素国境調整措置(CBAM)と今後導入される関税割当(TRQ)を公平な競争条件に向けた前進と位置づけつつ、ETS改革こそが残された「最後のピース」だと主張する。ミタル会長は、政策当局が直面する選択は気候の野心と競争力の間にあるのではなく、欧州の強靭性を高める気候戦略か、それを空洞化させる戦略かの間にあると論じた。
一方で、コスト上昇の凍結は炭素価格シグナルそのものを弱め、脱炭素投資の誘因を削ぐという反論もある。
今回の共同声明は、高排出産業が炭素価格の負担を前提条件の未整備と結びつけて緩和を求める、従来からの構図の延長線上にある。要求の新規性よりも、無償割当の縮小とCBAM移行が重なる局面で同種の主張が再び前面に出てきたという点に意味がある。
制度設計上の核心は、コスト凍結が脱炭素の誘因を保つのか、それとも価格シグナルを鈍らせるのかにある。3社が掲げるファーストムーバー支援やETS収入の充当は誘因を維持する方向に働きうるが、コスト水準そのものの凍結は逆方向に作用する。この両者を同一の枠組みで両立させられるかが、今回の要求が脱炭素を前進させるか先送りに転じるかを左右する。
参考:https://www.thyssenkrupp-steel.com/en/newsroom/press-releases/arcelormittal-thyssenkrupp-steel-and-voestalpine-call-for-pragmatic-ets-reform-to-secure-the-competitiveness-of-european-steelmaking-and-help-to-accelerate-decarbonisation.html