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海洋アルカリ度強化の効率損失、新フレームワークが4カテゴリ9経路を体系化 MRV改訂と除去系カーボンクレジット品質への示唆

2026.05.12 読了 約6分
海洋アルカリ度強化の効率損失、新フレームワークが4カテゴリ9経路を体系化 MRV改訂と除去系カーボンクレジット品質への示唆
出典:イメージ

海洋アルカリ度強化(OAE)が想定通りに大気中の CO2 を除去できるかを左右する効率損失について、ランストラム(Lunstrum)、ケラー(Keller)、ハートマン(Hartmann)、モラス(Moras)の4名による研究グループが、損失経路を4カテゴリ・9経路に体系化したパースペクティブ論文を公表した。同論文は、カーボン・トゥ・シー(Carbon to Sea)2025 年研究フェロー制度およびドイツ連邦教育研究省(BMBF)RETAKE II プロジェクトの資金支援によるものである。

本件は OAE による除去系カーボンクレジットの過大計上リスクを煽る性質のものではなく、科学的理解の精緻化が市場制度に段階的に反映される通常の過程として位置づけられる。一方で、バイヤー企業側にとっては、海洋系CDR由来カーボンクレジットの調達判断におけるデューデリジェンス強化要因となる転換点である。

効率損失を4カテゴリ、9経路に体系化

ランストラムらは、アルカリ度添加から大気 CO2 取り込みに至るプロセスにおいて、熱力学的上限値からの乖離を生じうる損失経路を4カテゴリ・9経路に分類した。カーボネートシステムの熱力学的上限は、添加アルカリ度 1 モルあたり 0.77〜0.96 モルの CO2 取り込みであり、グローバル平均は約 0.84 モルとされる。実環境ではこの理論値を下回る取り込みしか実現せず、その差分が効率損失となる。

論文が提示した 4 カテゴリは以下の通りである。

第 1 カテゴリ:不完全な鉱物溶解は、固相アルカリ性原料の溶解速度論と粒子沈降の 2 経路で構成される。実環境では撹拌反応器条件と比較して移流エネルギーが低く、鉱物表面の飽和度(Ω)が高止まりするため、理想条件下で計算される溶解速度よりも実際の溶解は遅い。オリビンのような遅溶解原料では、不動態化層の形成や蛇紋岩化により、より長期スケールで不完全溶解が生じる。

第 2 カテゴリ:固相へのアルカリ度損失は、水柱中の鉱物析出と堆積物中の析出・イオン交換の 2 経路に分かれる。海水は炭酸カルシウム(CaCO3)に対して通常過飽和状態にあるものの、十分な過飽和に達すると自発的析出が生じる。OAE 文脈で析出する可能性が高い鉱物は CaCO3 多形と水酸化マグネシウム(Mg(OH)2)であり、後者は pH が約 10.5 に達した時点でアルカリ度添加と同時に析出する。両鉱物とも 1 モル形成あたり 2 モルのアルカリ度が失われる。

ランナウェイ析出と物理プロセスの損失

ランストラムらが特に注意を促すのは、固相への析出が局所的に「ランナウェイ過程」を起こし、添加量を上回るアルカリ度損失を生じうる点である。アルカリ度添加が pH を急上昇させると、まず Mg(OH)2 析出が起き、続いて析出粒子の表面で CaCO3 が不均一核生成し、これがフィードバック的に進行する条件下では、添加した以上のアルカリ度が失われる事例が実験的に報告されている。

第 3 カテゴリ:不完全な大気・海洋間 CO2 平衡化は、ガス交換速度論と沈降・等密度混合の 2 経路で構成される。非平衡アルカリ度の場合、大気との完全平衡化には数か月から数十年を要する。これは、人為起源 CO2 排出による大気擾乱の平衡化時間(グローバル平均約 1 年)と比較して大幅に長い。亜極域などの理想的な水塊滞留条件下では数年で近完全平衡に達しうるが、浅層の転換循環や深い混合層を持つ海域では 15 年超を要する。深層水形成域に展開された場合、水塊が再表面化するまで数百年から数千年を要し、その間は実効的な損失となる。

間接的影響と「追加性」議論への波及

第 4 カテゴリ:間接的影響は、堆積物アルカリ度フラックスの減少、炭酸塩カウンターポンプの増大、有機炭素循環の改変の 3 経路を含む。海洋表層からの炭酸塩鉱物の沈降輸送(カウンターポンプ)は年間約 1 Gt の炭素に相当し、約 10 Mmol のアルカリ度に等しい。OAE による表層 Ω の上昇は、生物起源 CaCO3 の生成促進または溶解抑制を通じて、このカウンターポンプを増大させる可能性がある。

同論文は、これらの間接的影響を「追加性」の論点として扱う先行研究を踏まえつつ、本フレームワークでは直接損失と同等の効率損失として位置づける立場を採る。著者らは、これは会計上の選択であり、すべての潜在損失を計上する限り、いずれの整理でも妥当であると論じている。

MRV プロトコルと除去系カーボンクレジット品質への示唆

論文が示唆するのは、現行のMRVプロトコル、たとえばアイソメトリック(Isometric)の「沿岸放流方式 OAE」プロトコル v1.0が一部の効率損失を認識しつつも、知識ギャップとデータ不足により定量的な反映に至っていないという現状である。著者らは、フレームワーク不在の下で楽観的仮定が積み重なれば、プロジェクト水準での過大クレジット化、グローバル水準での OAE の CDR 寄与過大評価につながると指摘する。

反論と留意点

一方で、本論文の知見をもって海洋系CDRへの過度な警戒に傾くことには反論もある。

著者ら自身が「具体的損失量の定量化は試みていない」と明記しているように、損失の絶対量は展開シナリオごとに大きく異なり、適切な設計(臨界閾値以下でのアルカリ度添加、地理的な展開地選定、原料種別の最適化)により多くの損失は回避可能である。

また、OAE は IPCC が想定する大規模 CDR の有力候補であり、科学的不確実性を理由に投資・実証を抑制することは、ネットゼロ達成経路の選択肢を狭めるという反論もある。アイソメトリックなどのプロトコル運営側も継続的な改訂を表明しており、科学知見の MRV への反映は段階的に進む見通しである。

OAE は技術的潜在規模が大きいだけに、初期段階での品質基準設定が市場全体の信頼性を左右する。

直接空気回収・貯留(DACCS)やバイオエネルギー炭素回収・貯留(BECCS)と並ぶ大規模技術由来 CDR の有力候補として、OAE 由来除去系カーボンクレジットが今後数年で市場に本格供給される局面に備え、日本企業のバイヤー側、特に技術由来 CDR を中長期調達計画に組み込む大手需要家は、MRV プロトコルが本フレームワークの 9 経路をどう取り込むかを継続的にモニタリングすべきである。

参考:https://cdrxiv.org/preprint/517

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カーボンクレジット.jp 編集部
カーボンクレジット.jp編集部|2023年末に当時日本初かつ唯一のカーボンクレジット専門情報メディアを立ち上げ。高度な専門性とわかりやすさを追求した翻訳力。