パリ協定6条4項の中央集権型クレジット制度、いわゆるパリ協定クレジットメカニズム(Paris Agreement Crediting Mechanism、PACM)の運用フェーズ入りを象徴する動きが続いている。
途上国5カ国が、自国で承認・発行を認めるカーボンクレジット創出活動の優先セクターを国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局に提出した。国際バイヤーがコンプライアンス用途のカーボンクレジット調達を本格化する上で、ホスト国側の方針開示は実務上の起点となる。
5カ国が承認候補として明示したのは、おおむね以下のセクターである。
セクター構成を見る限り、CDM時代から続く再エネ・廃棄物メタンに加え、自然由来CDR系の方法論を組み込もうとする意図が読み取れる。
一方で、技術由来CDR(DACCS、BECCS、岩石風化促進等)への言及は乏しい。これは現時点の途上国インフラ・資金制約を踏まえれば自然な選好だが、PACMが除去系カーボンクレジット供給源としてどこまで多様性を確保できるかという観点では限界も示唆する。
PACMはパリ協定6条4項に基づきUNFCCC監督機関(Supervisory Body)が運営する中央集権型のカーボンクレジット制度であり、京都議定書下のクリーン開発メカニズム(CDM)の事実上の後継に位置付けられる。CDMは2026年12月31日に正式に終了することがCOP30(ベレン会合、2025年11月)で確認されており、移行期限も6カ月延長された。
2026年早期にPACM下で初のカーボンクレジット発行が行われたことは、制度が「設計段階」から「運用段階」へと明確に移行したことを意味する。監督機関は埋立地ガスのフレアリング・利用に関する第一号方法論を承認済みであり、2026年第2四半期にはさらに5-6件の方法論採択が見込まれている。CDMからの移行候補は1,500件超とされ、うちすでに登録済みのカーボンクレジットは1.28億トンに達する。
日本にとって、5カ国の動きは単なる海外ニュースではない。日本は二国間クレジット制度(JCM)の運営国としてアジア・アフリカ・中南米諸国と二国間枠組みを構築してきた経緯があり、JCMはパリ協定6条2項(協力的アプローチ)下のITMOフレームに準拠する形で運用されている。一方PACMは6条4項の中央集権メカニズムであり、両者は 同じ6条の枠組み内でありながら法的性格・ガバナンスを異にする。
ホスト国側から見れば、同一プロジェクトをJCMとPACMのいずれで処理するか、あるいは併用するかという選択が現実化する。日本企業にとっての論点は次の3つに整理できる。
国連環境計画コペンハーゲン気候センター(UNEP-CCC)のパイプラインデータによれば、JCMの活動届出はパイロット活動全体の8割超を占めており、日本のホスト国網は依然として国際的に厚い。だがPACM運用化に伴い、ホスト国側がJCMよりPACMを優先する選好を示し始めれば、日本の調達ポジションは構造的な見直しを迫られうる。
5カ国の優先セクター開示は、ホスト国がPACMという中央集権メカニズム下でも 自国の主権的判断で承認対象を絞り込む 姿勢を示している点で重要である。これはパリ協定が原則として尊重する各国NDC主権と整合する一方、グローバルな会計整合性、特にコリ調整の運用面で緊張を生む構造的論点を内包する。
具体的論点は以下に集約される。
一方で、こうした緊張は 必ずしも制度欠陥ではなく、パリ協定が当初から想定していた分権的設計の帰結であるとの見方もある。CDMが集権的に運用された結果として追加性論争を招いた経緯を踏まえれば、ホスト国の能動的関与はむしろ環境十全性を高める方向に作用する可能性も指摘されている。
セクター構成への懸念もある。
林業・農業を主軸に置く方針は、永続性リスクと逆行リスク(リバーサル)の管理を制度上どう担保するかという課題と直結する。監督機関は非永続性・逆行に関する基準を採択済みだが、各方法論レベルでのモニタリング期間や責任移転の運用は今後の試行を待たねばならない。
また、CDM移行案件の約8割が系統接続型再エネである現状は、ICVCMがコアカーボン原則(CCPs)下で同種方法論を非適格と評価してきた経緯と矛盾する。PACMが移行案件を大量受け入れすることで品質基準が事実上希薄化するのではないか、との指摘も業界内には根強い。
PACMが運用フェーズに入った2026年は、カーボンクレジット市場のガバナンスが「グローバルルール優先」から「ホスト国主権重視」へと重心を移す転換点である。
日本企業はJCMで先行投資した二国間ネットワークの優位性を保ちつつも、ホスト国がPACMを並行・優先運用する局面では、コリ調整の交渉力と方法論互換性こそが調達コストを左右する真の競争軸となる。
JCMとPACMの単純な「棲み分け」ではなく、 ホスト国ごとに6.2と6.4のハイブリッド戦略を設計できる企業のみが、2026年以降のITMO調達で実効的なポジションを取りうると見る。
参考:https://unfccc.int/process-and-meetings/the-paris-agreement/article-6/article-64-pacm/registry