ネイチャー・サステイナビリティ(Nature Sustainability)誌に2026年4月20日付で掲載された最新研究が、木材を燃料とするバイオエネルギー炭素回収・貯留(BECCS)の気候変動緩和効果に重大な疑義を突きつけた。
森林から伐採した木材を使うBECCSは、150年経ってもネットマイナスの排出量を実現できない可能性があり、しかも数十年にわたって炭素回収・貯留(CCS)を伴わない天然ガス火力よりも多くのCO2を排出するという結論である。
ネットゼロ実現の切り札として各国の統合評価モデルに組み込まれてきたBECCSの前提が、根本から揺らぎ始めている。
論文のタイトルは「Decades of increased emissions from forest-fuelled BECCS(森林由来BECCSは数十年にわたり排出を増やす)」。著者はプリンストン大学(Princeton University)のティモシー・サーチンガー(Timothy D. Searchinger)氏ほか、リキング・ペン(Liqing Peng)氏、ダニエラ・ルッシ(Daniela Russi)氏、チャールズ・キャナム(Charles Canham)氏である。
サーチンガー氏らは、伐採地点から最終用途まで炭素フローを透過的に追跡できるモデルを構築し、複数の木材調達シナリオを比較した。主要な結論は次の3点に集約される。
第一に、木質BECCSは150年以内にネガティブエミッションを生む可能性が低い。これは、燃焼で放出された炭素を森林が再吸収するまでに極めて長い時間を要するためである。
第二に、CCSを伴わない天然ガス火力よりも、数十年間にわたって排出量が多くなる可能性が高い。木材は天然ガスの2倍の炭素強度を持ち、発電効率も劣るためだ。
第三に、電力コストが約3.5倍に上昇する見込みである。
注目すべきは、調達木材の半分を残渣(製材端材など)、残り半分を早生植林材としたシナリオでも、改善は限定的だった点である。
サーチンガー氏らが指摘する最大のポイントは、排出の大半が発電所に到達する前に発生するという構造的問題である。伐採、輸送、加工、ペレット化の各段階で発生するCO2は、発電所のCCS設備では捕捉できない。つまり、CCSを取り付けても捕捉対象は燃焼段階の排出に限られ、サプライチェーン全体での排出は依然として大気中に放出される。
加えて、既存森林の伐採は炭素ストックそのものを減少させ、生物多様性も損なう。再植林された樹木が伐採時に放出された炭素を再吸収するには数十年から1世紀以上を要するため、その間は大気中のCO2が増加した状態が続く。これが「カーボンデット(炭素債務)」と呼ばれる構造である。
カーボンパルス(Carbon Pulse)の報道によれば、150年スパンで見ると、CCS付き天然ガス火力と比較しても木質BECCSの排出量が2倍以上になるシナリオが存在するという。
この研究が最も直接的な影響を及ぼすのが、英国のエネルギー政策である。英国はディスパッチャブル(給電指令対応型)な低炭素電源としてBECCSを位置付け、ネットゼロ戦略の中核に据えてきた。
英国最大のバイオマス発電事業者であるドラックス・グループ(Drax Group)は、北イングランドのドラックス発電所をBECCS化する構想を中長期戦略の柱としてきたが、政府支援策の見通しが不透明な中、投資意思決定を一時保留している。
英国政府は、大規模BECCS展開に対しては厳格な持続可能性基準と費用対効果基準を満たすことが必要との立場を示しており、最終的な政策判断はまだ下されていない。
研究の発表を受けて、ステークホルダーの立場は明確に分かれている。
環境団体側では、グリーンピース英国(Greenpeace UK)や米国の天然資源防衛協議会(Natural Resources Defense Council)が、サステナビリティとコスト面の懸念から、木質BECCSではなく直接空気回収(DAC)や海洋炭素除去(mCDR)など、より永続性の高い炭素除去(CDR)手法への投資シフトを主張している。
一方、バイオマス業界側は、廃棄物や残渣由来のフィードストックを用いる場合に限ればBECCSはネットゼロ経路の重要な構成要素であるとの立場を維持している。ただし、サーチンガー氏らのモデルは「半分が残渣でも改善は限定的」と結論しており、業界側の主張の根拠は科学的に揺らいでいる。
この研究は、ボランタリーカーボンクレジット市場、特に除去系カーボンクレジットの品質基準に重大な示唆を与える。
BECCSはCDR手法の一つとして、プレパーチェスカーボンクレジット契約の対象となってきた。アイソメトリック(Isometric)やプロアース(Puro.earth)などの認証機関が方法論を整備し、エクスアンテカーボンクレジットの形で取引も始まっている。しかし、本研究が示すようにライフサイクル排出を厳密に評価すれば、森林由来BECCSの「除去量」は大幅に下方修正される可能性がある。
コアカーボン原則(CCPs)の枠組みにおいても、追加性・永続性・MRV(測定・報告・検証)の各要件で森林由来BECCSは厳しい審査に直面することになる。早生植林材や残渣中心の調達であっても、サプライチェーン排出の捕捉不可能性という構造的問題は残るため、カーボンクレジット発行量の上限を引き下げる方法論改定が議論される可能性が高い。
CDR領域では、DAC、バイオ炭、岩石風化促進(ERW)、海洋アルカリ度強化(OAE)、生物起源炭素除去・貯留(BiCRS)など、より永続性とMRVの透明性が高い技術への資金シフトが加速する公算が大きい。