ICVCM(Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)は2026年5月11日、コアカーボン原則(CCPs)審査結果の新バッチを公表した。
プログラム1件およびメソドロジー5件の判定を一挙に提示する内容で、湾岸発の新興プログラムを初めて適格認定する一方、REDD+系メソドロジーには大規模な是正措置を要求した。条件付き承認の連発と既存発行カーボンクレジットの一括非適格化が並ぶ構図は、ICVCMの審査哲学が「品質の収れんと硬化」に明確に振れたことを示している。
ICVCM議長のアネット・ナザレス(Annette Nazareth)は声明で、今回の決定が「メソドロジーの厳格性向上への道筋を示すもの」であり、特に「次世代の堅牢な再生可能エネルギー・メソドロジー」の承認に表れていると位置付けた。
ICVCMはグローバル・カーボン・カウンシル(Global Carbon Council、GCC)の「Standard on ICVCM Eligibility of Projects and Issuances v1.1」をCCP-Eligibleと判定した。GCCは2016年にカタールでガルフ・オーガニゼーション・フォー・リサーチ・アンド・ディベロップメント(Gulf Organisation for Research and Development、GORD)が設立したカーボンクレジット認証プログラムで、CCP要件適合のために機密情報の取扱規定、非永続性リスク評価ツール、クレジット期間更新評価、不確実性対応、セーフガード手続を強化した経緯がある。
CCP-Eligibleの認定により、GCCのメソドロジーはICVCMの二段階審査プロセスにかけられることになり、CCP-Approvedメソドロジーで発行され、かつGCC 2.0およびv1.1以降の基準に従ったカーボンクレジットのみがCCPラベルを取得可能となる。GCC創設会長のユセフ・アルホール博士(Dr. Yousef Alhorr)は、本認定が「GCCを高インテグリティ・プログラムとして国際市場に位置付ける画期」であるとコメントした。
ICVCMがCCP-Eligibleとして承認したプログラムは、ベラ(Verra)、ゴールドスタンダード(Gold Standard)、アメリカン・カーボン・レジストリ(American Carbon Registry、ACR)、クライメート・アクション・リザーブ(Climate Action Reserve、CAR)、エクイタブル・アース(Equitable Earth)、グローバル・サステナビリティ・スタンダード(Global Sustainability Standard、GSS)、アイソメトリック(Isometric)、プロアース(Puro.earth)、レインボー(Rainbow)、アート(Architecture for REDD+ Transactions、ART)TREESと合わせて10プログラムとなった。
ICVCMはART TREES v2.0の「HFLD Crediting Level」および「Removals Crediting Level」をいずれもCCP-Approvedの要件を満たさないと判定し、ARTに対し是正措置(Remedial Actions)の実施を要求した。
High Forest Cover, Low Deforestation(HFLD)は、歴史的に高い森林被覆率と低い森林減少率を維持してきた地域を対象とする緩和活動である。ICVCMの是正要求の核心は追加性証明の厳格化にある。HFLD参加者に対し、ベースライン期間の歴史的排出量が将来の排出脅威を著しく過小評価していることの証拠提出を義務付け、妥当性確認・検証機関(Validation and Verification Bodies、VVBs)にはこの証拠が初回クレジット期間における排出増加リスクを裏付けるかを評価させる仕組みである。
本判定により、ART TREES v2.0 HFLDで既に発行されている5,840万トンのカーボンクレジットは、いずれもCCPラベル取得の対象外となる。除去型Crediting Levelについては未発行のため発行済みカーボンクレジットへの影響はない。
一方、HFLDメソドロジーには「歴史的に保護された森林であっても、気候変動の進行や経済開発圧力の高まりにより将来の森林減少リスクは実在し、保全インセンティブの先行付与は正当化される」との反論も存在する。
ICVCMの是正要求はこの論理自体を否定するものではなく、将来脅威の立証責任を参加者側に厳しく課す方向で運用を引き締めるものである。
ベラのグリッド接続再生可能エネルギー・メソドロジー「VCS VMR0017 v1.0」(クリーン開発メカニズム(CDM)のACM0002改訂版)が条件付きCCP-Approvedとなった。対象は風力、太陽光、地熱、小水力、波力・潮力で、蓄電池および揚水発電も特定条件下で統合可能である。
ICVCMは2024年7月に複数の再エネ・メソドロジーをCCP不承認とし、追加性評価の信頼性向上を求めていた経緯がある。今回の承認はその差し戻し対応の成果と位置付けられるが、適用にはベラの更新版追加性ツールを用いたベンチマーク分析が必須であり、カーボンクレジット収益によりプロジェクトの経済性が決定的に向上し、財務適格性ベンチマークを満たすか上回ることの立証が求められる。系統排出係数および電力消費ツールも審査フレームワークに沿って強化された。
留意すべきは、過去に発行された再エネ・カーボンクレジットはいずれもCCP-Approvedの対象外である点である。市場には高インテグリティな再エネ案件への関心と大規模なパイプラインがあるとされ、ICVCMは新世代メソドロジーの稼働開始を歓迎すると表明した。
アイソメトリック(Isometric)の「Mangrove Restoration Protocol v1.0」がCCP-Approvedと判定された。ICVCMは追加性テストの厳格性と動的ベースラインの採用を評価し、堅牢なカーボン会計を支える設計と位置付けた。
本メソドロジーは2025年12月に公表されたばかりで、現在登録済みの3案件から2030年までに最大200万トンの除去型カーボンクレジット発行可能性があるとアイソメトリックは見込む。マングローブ生態系の再生による炭素貯留能力強化と生態系サービス回復をスコープとし、ブルーカーボン領域における高インテグリティ・カーボンクレジットの新たな供給源として位置付けられる。
ベラの石炭鉱山メタン抑制メソドロジー「VCS ACM0008」のv6からv8がCCP-Approvedと判定された。ただし適用範囲は換気空気メタン(Ventilation Air Methane)および炭鉱メタン(Coal Mine Methane)活動に限定される。承認条件として、ベラの更新版追加性ツールの使用、およびベンチマーク分析を用いる場合のカーボンクレジット収益による経済性向上の立証が求められる。
承認対象メソドロジー版で既に発行された約644万トンのカーボンクレジットのうち、CCPラベル取得対象となるものは限定的にとどまる見込みである。
ICVCMは2024年3月以降、計10プログラムをCCP-Eligibleと認定し、2024年5月以降のメソドロジー判定では40件を承認、25件を不承認とした。
MSCIが2026年4月20日時点で集計した実績では、CCPラベル使用承認カーボンクレジットは推計1億700万トン、うち市場流通は6,300万トン、リタイア・キャンセル済みは4,400万トンである。承認の累積に対して既リタイア比率がすでに41%に達している点は、高インテグリティ・カーボンクレジットの需給逼迫の進行を示唆する。
今回のバッチを通じて鮮明になったのは、ICVCMが「事後的な品質非適格化」をためらわない審査体制を確立しつつあるという事実である。
ART TREES v2.0 HFLDで発行済み5,840万トンを一括でCCP対象外とした判断、再エネ系で発行済みカーボンクレジットを承認の遡及対象から除外した運用、そしてベンチマーク分析を介した追加性立証の必須化は、いずれも「発行量の確保」よりも「ラベルの希少性」を優先する戦略を裏付ける。
日本市場への含意は三層で捉えるべきである。
第一に、CCPラベル付カーボンクレジットの供給逼迫はGX-ETS適格性議論およびボランタリー調達双方で構造的な価格上昇圧力として作用する。承認累計に対する既リタイア比率41%という水準は、調達戦略を「在庫保有型」から「先物・長期契約型」へシフトさせる十分な根拠となる。
第二に、JCM(二国間クレジット制度)およびJ-クレジット制度のCCP整合性は、パリ協定6条2項ITMOの国際的信認という観点から早急に位置関係を整理すべき論点である。CCPラベルを取得できないITMOがどう評価されるかは、JCMホスト国との交渉設計にも影響する。
第三に、Isometricマングローブ復元プロトコル承認は、東南アジア・太平洋でのブルーカーボン案件に追い風となる構造的契機であり、Jブルークレジット制度との方法論的相互参照および日本企業のクロスボーダー案件組成を加速させる余地がある。
ICVCMの硬化路線を「市場縮小リスク」と見るか「希少性価値の制度的担保」と見るかで、日本企業の対応戦略は分岐する。
参考:https://icvcm.org/integrity-council-announces-new-batch-of-assessment-decisions/