米環境保護庁(U.S. Environmental Protection Agency, EPA)は2026年3月、ルイジアナ州沖の深海でバイオマスを沈降させる海洋炭素除去(mCDR)の研究プロジェクトに対し、海洋保護・研究・聖域法(Marine Protection, Research and Sanctuaries Act, MPRSA)に基づく研究許可を発行した。
MPRSAに基づくmCDR研究許可の発行は、2024年に承認されたLOC-NESSウィルキンソン・ベイスン調査に続く史上2例目である。
許可を取得したのは、米テキサス州ヒューストンに本拠を置く炭素除去(CDR)スタートアップのカーボニファラス(Carboniferous)。同社は、ルイジアナ州沿岸から南西に約168マイル(約270キロメートル)沖合のオルカ・ベイスン(Orca Basin)と呼ばれる深海域に、圧縮したサトウキビ絞りかす(バガス)を投入する実証実験を行う。
オルカ・ベイスンは水深約2,200メートル、面積約154平方マイルに及ぶ無酸素・高塩分(アノキシック・ハイパーサライン)の特異な海底盆地である。酸素がほぼ存在せず塩分濃度が極めて高いため、沈降させた有機物が分解されにくく、CO2が大気へ再放出されるリスクを抑制できる可能性があるとされる。
カーボニファラスは、この特殊な環境がバイオマスを長期的に隔離(炭素隔離)しうるかを科学的に検証する。各バイオマス・パッケージには鋼鉄製のサンプラーシステムが連結され、周辺海水の継続的なモニタリングが行われる。
EPAが発行した許可(許可番号 EPA-HQ-MPRSA-2025-001)の主な条件は次のとおりである。
なお、本件を報じる一部メディアは投入量を「16トン」と記載しているが、EPAの一次資料(許可文書および事実関係概要書)では1パッケージあたり最大1トン×最大20パッケージ=最大20トンが許可上限として明記されている。本稿はEPAの一次資料に依拠する。
カーボニファラスは、決済プラットフォーム大手のストライプ(Stripe)から初期R&D助成金として**50万ドル(約7,500万円)**を調達済みである。
加えて、ストライプ、アルファベット(Alphabet)、メタ(Meta)、ショピファイ(Shopify)、マッキンゼー(McKinsey)が組成した先進的CDR購買連合フロンティア(Frontier)とのプレパーチェス型オフテイク契約を獲得している。研究検証段階のmCDR技術であっても、ビッグテック主導の需要側プレイヤーがカーボンクレジットを将来購入する形で早期コミットメントを行う構図が、今回も明確に示された格好である。
今回の許可発行は、米連邦レベルでmCDR技術が制度面で受容されつつあることを示唆する。一方で、現在のEPAはmCDR技術の気候便益を解説していたウェブページを既に削除しており、今回の許可関連文書からも「気候変動」への言及が外されているとE&Eニュース(E&E News)が報じている。これはトランプ政権下で連邦機関のウェブサイトから気候変動関連の表現が体系的に除去されている動きの一環とみられる。
しかし議会レベルでは、mCDRへの超党派的支持は継続している。
2026年初頭には下院議員のスザンヌ・ボナミーチ(Suzanne Bonamici、民主・オレゴン州)、ポール・トンコ(Paul Tonko、民主・ニューヨーク州)、ジェニファー・ゴンザレス=コロン(Jenniffer González-Colón、共和・プエルトリコ)、上院議員のブライアン・シャッツ(Brian Schatz、民主・ハワイ州)がリスキュー・オーシャンズ法(Removing and Sequestering Carbon Unleashed in the Environment and Oceans Act, ReSCUE Oceans Act)を提出。連邦レベルでのmCDR研究加速を目的とする立法の動きが進んでいる。
CDR推進NPOのカーボン180(Carbon180)は今回の許可発行を歓迎し、「許可・モニタリング下での研究は、海洋ベースのアプローチがいかにスケール可能かに答えを与えうる」と評価した。
mCDRは永続性と追加性の科学的立証が技術的に難しく、生態系影響への懸念も根強い新興分野である。
今回のEPAの判断は、規制当局が測定・報告・検証(MRV)を伴う限定的な実証研究を前提とすることでmCDR技術の検証機会を制度的に確保する一つのモデルケースを示した点で、各国の規制設計の参照点となりうる。
海洋国家である日本にとっても、既存のJブルークレジット制度の延長線上にとどまらず、バイオマス沈降・海洋アルカリ度強化(OAE)・直接海洋回収(DOC)など本格的なmCDR手法に対する規制・MRV枠組みの整備は中長期的に避けて通れない論点となる。
また、フロンティアが研究段階の技術に対してプレパーチェス契約で需要を供給する構図は、買い手主導でCDRクレジット市場が形成されつつある現実を改めて示しており、需要創出側に立ちうる日本のビッグテックやハード・トゥ・アベイト産業の関与可能性も今後注視すべき論点である。