炭素除去(CDR)分野の主要シンクタンクであるカーボン180(Carbon180)は2026年4月14日、責任ある炭素除去(CDR)の実装指針を定めた業界初の共通フレームワーク「CORE(Community-Informed, Open Access, Reviewed, and Evaluated)Carbon Removal Framework」を発表した。
同フレームワークは、CDRプロジェクトが地域コミュニティと生態系に対して公正かつ持続的な成果を提供するための具体的な基準を体系化したものであり、急拡大する炭素除去産業に対する信頼性確保と健全なスケールアップを目的としている。
カーボン180によれば、炭素除去(CDR)産業はこれまでに約120億ドル(約1兆9,080億円)の資金調達を実現し、世界各地で数十のプロジェクトが着工段階に入っている。直接空気回収(DAC)、バイオエネルギー炭素回収・貯留(BECCS)、岩石風化促進(ERW)、バイオ炭、植林(ARR)など多様な炭素除去(CDR)手法が並行して商用化を進める一方、プロジェクトの構築・評価・説明責任を担保するための明確な基準は依然として未整備のままであった。
カーボン180は、CDR市場が本格的なスケール段階に入る転換点において、この制度的空白こそが市場の信頼性を毀損しかねない最大の構造的リスクであると指摘している。COREフレームワークは、CDR政策、資金供与プログラム、個別プロジェクトのいずれもがコミュニティ参画と耐久性のある測定可能な成果を実現するための、明確かつ統一的な期待値を提示する。
エクイティ・正義担当ディレクターであるウグバード・コサール(Ugbaad Kosar)は、「炭素除去は今この瞬間に、実在の場所で、実在の人々を巻き込んで構築されている。COREは、これらのプロジェクトの隣で生活するコミュニティが、何が起きるかについて実質的な決定権を持てるようにすることが目的である。それこそが信頼に足るものを構築するために必要な要素だ」と述べた。
COREフレームワークは、科学的研究の蓄積と長年のコミュニティの知見に基づき、CDRライフサイクル全体を導くための8つの基本価値と11の運営実践を体系化している。これらの基準は、炭素除去(CDR)活動における正義、公平性、透明性、説明責任、インパクトを補強する設計となっている。
科学・イノベーション担当ディレクターのノア・マックイーン(Noah McQueen)は、「炭素除去分野の今の意思決定は今後数十年にわたってこの分野を形作る。短い時間軸の中で、やり直しは効かない。COREは開発者、資金提供者、政策立案者が共通の期待値から作業を開始するための基盤を提供する」と説明した。マックイーンの発言は、初期段階で確立される慣行がデファクトスタンダード化しやすいCDR市場の構造的特性を踏まえたものといえる。
COREフレームワークが具体的に規定する主要要素は以下のとおりである。
コミュニティ主体性メカニズム(Community Agency Mechanisms)
影響を受けるコミュニティが組織化し、能動的に参画し、意見を表明し、意思決定と成果に影響を及ぼす力を実質的に保障する。
コミュニティベネフィットメカニズム(Community Benefits Mechanisms)
コミュニティ、土地・海洋のスチュワード、生態系のニーズに応える便益を共同で特定し、確実に提供する。これは自然に基づく解決策(NbS)型カーボンクレジットで近年議論が活発化しているコベネフィット(Co-benefit)の文脈とも直結する。
全システム炭素会計(Full System Carbon Accounting)
炭素除去活動に紐づくすべての排出量を測定・検証・開示することで、集合的なネガティブエミッションを実証する。これは、ライフサイクル全体での炭素収支評価を通じて、実質的なカーボンネガティブの達成を担保する仕組みである。
環境健全性(Environmental Health)
すべての活動を通じて、生態系、生物種、自然資源のレジリエンスと完全性を保護・強化する。
執行メカニズム(Enforcement Mechanisms)
介入策がコミットメントを完全に履行することを担保するため、透明性のある監督と、不遵守に対する拘束力のある是正措置によって裏付ける。
COREフレームワークの公表と同時に、カーボン180は政策立案者、開発事業者、コミュニティメンバー、購入者、資金提供者を対象としたインタラクティブなリソースハブを立ち上げた。同ハブには、COREの実装を促進するためのケーススタディ、テンプレート、推奨事項が掲載されており、各ステークホルダーが自らの立場からフレームワークを運用できるよう設計されている。
エグゼクティブディレクターのエリン・バーンズ(Erin Burns)は、「すべての急成長産業は、最終的に『自分たちは何を体現するのか』という問いに答えなければならない時が来る。炭素除去は今、他者から答えを与えられる前に、自らの言葉でその問いに答えようとしている。COREはその答えへの我々の貢献である」と総括した。
COREフレームワークの戦略的意義は、CDR市場が外部からの規制圧力やグリーンウォッシング批判に直面する前に、業界自身が責任ある実装基準を先制的に確立する点にある。ボランタリーカーボンクレジット市場における整合性原則(コアカーボン原則:CCPs)の策定がアイシーブイシーエム(ICVCM)によって主導されてきたのと同様に、CDR領域でもサプライサイドの品質基準形成が制度的成熟の前提条件となる。
特にコミュニティ参画の構造的組み込みは、過去のREDD+プロジェクトや一部の自然に基づく解決策(NbS)プロジェクトで指摘されてきた地域住民との摩擦・便益分配の不透明性といった課題を踏まえた設計と読める。CDRプロジェクトの永続性と社会的ライセンス(Social License to Operate)を両立させる上で、執行メカニズムまで含めた包括的なアプローチは、買い手側の購入リスク低減にも直結する。
COREフレームワークは米国発の自主基準であるが、日本企業にとっても無関係ではない。
ハード・トゥ・アベイト産業を中心にCDRカーボンクレジットの長期プレパーチェス契約が拡大する中、購入企業側のデューデリジェンス基準としてCOREのような枠組みが事実上のリファレンスとなる可能性が高い。 特に欧米の機関投資家やNGOからのスクリーニング圧力が強まる局面では、購入したCDRカーボンクレジットがコミュニティ参画と全システム炭素会計の要件を満たしているか否かが、レピュテーションリスク管理の観点で問われることになる。
また、二国間クレジット制度(JCM)を通じてアジア・アフリカでCDR系プロジェクトを展開する日本企業にとっては、COREの「コミュニティ主体性メカニズム」「コミュニティベネフィットメカニズム」をプロジェクト設計段階から組み込むことが、現地での社会的受容性確保と将来的な制度連携の双方で戦略的価値を持つ。
自主的な品質基準への先行的コミットは、今後規制化が進む局面で「移行コスト」を最小化する保険的投資と位置づけるべきである。