2026年3月18日、オランダのロッテルダムで開催された「カーボンキャプチャー・ヨーロッパ・サミット(Carbon Capture Europe Summit)」では、炭素回収・貯留(CCS)の社会実装に向けた「事業リスク」が最大の焦点となった。
欧州委員会エネルギー総局長のディッテ・ユール・ヨルゲンセン(Ditte Juul Jørgensen)氏やノルウェーエネルギー省局長のラース・エリック・オーモット(Lars Erik Aamot)氏ら閣僚級の登壇が相次ぐ中、業界関係者の間では、投資を阻む構造的な課題について活発な議論が交わされた。
本サミットを通じて繰り返されたフレーズが、「鶏と卵のジレンマ」である。これは、排出源側(工場など)が輸送・貯留インフラの完成を待たなければ回収設備に投資できず、一方でインフラ運営側は確実な回収量の裏付けがなければ投資を決定できない、という不確実性を指している。
特に、最終投資決定(FID)に至るまでの規制や市場の不透明性が、プロジェクトの停滞を招いている。シェル(Shell)でコマーシャルCCSゼネラルマネージャーを務めるケリー・リプリー(Kelly Ripley)氏は、同社が参画するアラミス(Aramis)プロジェクトを例に挙げた。
関連記事:欧州最大級の「アラミスCCS」が入札開始 ロッテルダム沖にCO2輸送パイプライン建設へ
リプリー氏は、「FIDを勝ち取るには、顧客との契約確定と、バリューチェーンのギャップを埋めるための国家的な支援の確実性が必要だ」と強調した。
欧州北部(北海周辺)には広大な貯留地が存在する一方、欧州南部では排出量に対して貯留容量が不足している。この需給ミスマッチを解消するため、南北を繋ぐ「CO2ハイウェイ(輸送ネットワーク)」の構築が急務となっている。
ハイデルベルグ・マテリアルズ(Heidelberg Materials)などの企業は、独自の内部モデルを提示し、広域ネットワークの重要性を説いた。また、ドイツのように国内での地中への圧入が実質的に制限されている国にとって、アントワープ・ブルージュ港(Port of Antwerp-Bruges)のようなハブを経由し、ノルウェーのノーザンライツ(Northern Lights)やオランダのポルトス(Porthos)へCO2を輸送するルートは、脱炭素化の生命線となる。
プロジェクトのリスクは技術や資金面だけではない。市民社会の理解を得るための「社会的受容性」も大きな鍵を握る。
ビューローベリタス(Bureau Veritas)の水素・CCUSグローバルディレクターであるローランス・ボワラメ(Laurance Boisramé)氏は、グリーンウォッシングへの批判が高まる中、「炭素除去(CDR)や排出削減の主張において、独立した第三者機関による検証が極めて重要である」と述べた。
一方で、成功例も報告されている。ノーザンライツのマネージングディレクターであるティム・ヘイン(Tim Heijn)氏によれば、ノルウェーのベルゲン北部にある同社のビジターセンターには年間1万5,000人が訪れており、透明性の高い情報公開が地域観光の促進や住民の支持に繋がっているという。
サミットでは、中東情勢の緊迫化といった地政学リスクが、石油・ガス企業の炭素回収・貯留(CCS)への投資優先順位を下げているという懸念も示された。また、英国のリバプール・ベイ・プロジェクトのように、政府の資金制約によってFIDの期限を守れなかった事例も挙げられ、国家支援にも限界があることが浮き彫りになった。
エルマテック・グループ(ERMATECH Group)のアルベルト・ディ・チェチョ(Alberto Di Cecio)氏は、ある北米のプロジェクトが政府の対応待ちで「12ヶ月のコーヒーブレイク(中断)」を余儀なくされた例を引き合いに出し、政策の予見可能性の重要性を訴えた。
欧州で議論されている「鶏と卵」のジレンマは、日本が目指すアジア全域での炭素回収・貯留(CCS)ネットワーク構築においても直面する課題だ。
民間企業のリスクを公的支援でどこまで担保できるか、そしてノーザンライツのように「産業施設を観光資源化」するほどの透明性を確保できるかが、日本企業の国際競争力を左右することになるだろう。