ノルウェーのノーザンライツ(Northern Lights)は、液化CO2運搬船「ノーザンフェニックス(Northern Phoenix)」を新たに船隊へ加え、欧州における炭素回収・貯留(CCS)インフラの拡張を加速させている。
同船は2026年4月9日にベルゲン(Bergen)で命名・祝祭式典を終え、最終整備を経て、世界初のオープンアクセス型越境CO2輸送・貯留サービスの商用運航に投入される。
ノーザンライツは、エクイノール(Equinor)、シェル(Shell)、トタルエナジーズ(TotalEnergies)の3社による合弁事業であり、欧州のハード・トゥ・アベイト産業の脱炭素化を支える基幹インフラとしての地位を固めつつある。
ノーザンフェニックスは積載容量7,500立方メートルの液化CO2運搬船で、既に就航中の姉妹船「ノーザンパイオニア(Northern Pioneer)」「ノーザンパスファインダー(Northern Pathfinder)」に続く3隻目となる。船舶管理は日本の海運大手川崎汽船(”K” Line)のロンドン子会社が担う。
省エネ技術として、LNGデュアル燃料エンジン、風力推進を補助するローターセイル、船底に空気層を形成して摩擦抵抗を低減する空気潤滑システムを搭載しており、燃料消費量を最大9%削減できるとされる。さらに、ウーイガルデン(Øygarden)の陸上ターミナル接岸時には陸上電力供給(ショアパワー)で再生可能電力を利用し、停泊中の排出を抑える設計となっている。
命名式典では、ノーザンライツ初期メンバーの一人であるリン・ハムレ(Linn Hamre)がゴッドマザーを務め、社内公募によって選出された。ノーザンライツJVのマネージング・ディレクターであるティム・ハイン(Tim Heijn)は「最初の2隻が稼働する中で、ノーザンフェニックスはCO2輸送能力の拡大に向けた次の一歩だ」と述べた。
同船は、オランダのヤラ(Yara)の拠点で回収されたCO2を、ノルウェー西部のウーイガルデン受入ターミナルへ輸送する役割を担う。陸揚げされた液化CO2は海底パイプライン経由で輸送され、北海の海底下約2,600メートルの地層に圧入・永続的に貯留される。
ノーザンライツは2025年8月に初圧入を実施しており、フェーズ1の年間貯留容量150万トンは既に全量が顧客契約で予約済みである。第二段階では年間500万トン以上への拡張が計画されており、4隻目の7,500立方メートル級船が2026年内に納入予定であるほか、2026年初には積載容量12,000立方メートルの大型船4隻が追加発注された。
ノーザンライツは、ノルウェー政府が主導するフルスケールCCSプロジェクト「ロングシップ(Longship)」のフェーズ1を構成する中核事業である。世界初のオープンアクセス型CO2輸送・貯留ネットワークとして、第三者排出者からの受託事業を運営しており、商用CCS市場の成立可能性を実証する事例として国際的な注目を集めている。
フェーズ1ではノルウェー国内2拠点、すなわちノルウェー・ブレヴィーク(Brevik)にあるハイデルベルク・マテリアルズ(Heidelberg Materials)のセメント工場と、オスロのハフスルン・セルシオ(Hafslund Celsio)の廃棄物発電プラントから排出されるCO2を引き受ける。商業契約はこれに加え、オランダのヤラ、デンマークのオーステッド(Ørsted)、スウェーデンのストックホルム・エクセルギ(Stockholm Exergi)、ノルウェーのインヘリット(Inherit)まで広がっており、セメント、化学、バイオマス由来のCO2を含む多様な排出源を対象としている。
特にストックホルム・エクセルギのバイオマス発電プラントから回収されるCO2は、バイオエネルギー炭素回収・貯留(BECCS)として、大気中のCO2を実質的に除去する炭素除去(CDR)として位置づけられる。生物起源CO2の回収・地中貯留は、永続性と追加性の観点から、ボランタリーカーボンクレジット市場における高品質なCDRクレジットの主要な供給源候補となっている。
川崎汽船子会社が欧州CCS網の運航中核を担っている事実は、日本の海事クラスターが越境CO2輸送インフラに既に深く組み込まれていることを示唆する。日本国内では2024年のCCS事業法成立を経て、JOGMECによる先進的CCS事業の選定が進むが、東京湾・苫小牧等の貯留適地と排出源との距離を考慮すれば、液化CO2船舶輸送の実装は不可避である。ノーザンライツの設計思想(オープンアクセス、デュアル燃料、ローターセイル等)は、日本の海運・エネルギー企業にとってベンチマークとなろう。
第二の論点は、CDR・カーボンクレジット観点での収益化可能性である。フェーズ1の貯留容量が完売した事実は、欧州EU ETS下でCO2貯留控除(Article 12)が事実上のカーボンプライス対価を生む構造に加え、BECCSや廃棄物発電由来の生物起源CO2部分がCDRとしてボランタリーカーボンクレジット市場で評価される潜在価値を反映している。日本企業がCCS/BECCS事業を構築する際は、コンプライアンス用途とボランタリーカーボンクレジットの双方を見据えたMRV設計とレジストリ選定(アイソメトリック、プロアース等)が事業性を左右する。
第三に、ハード・トゥ・アベイト産業の顧客基盤の質である。セメント、化学(アンモニア)、廃棄物発電という回避困難な排出源を初期顧客として確保している点は、CCSが脱炭素オプションの最後の手段ではなく第一選択肢として制度・市場に定着しつつあることを意味する。日本のセメント、製鉄、化学各社にとって、海外CCSハブの利用権確保は、自前の貯留地開発と並ぶ戦略選択肢として真剣に検討される段階に入った。
参考:https://norlights.com/news/the-northern-phoenix-welcomed-and-blessed-in-bergen-norway/