独連邦経済エネルギー省(BMWE)は2026年5月7日、産業脱炭素化を加速する炭素差額決済契約(CCfD: Carbon Contracts for Difference)の改定版について、欧州委員会から国家補助規則に基づく承認を取得したと発表した。
総額50億ユーロ(約9,250億円、59億ドル相当)の予算枠を確保し、対象範囲を従来のCO2削減技術に加えて炭素除去(CDR)にまで明示的に拡大した点が今回の特徴である。
CCfDの本質は、低炭素生産方式と従来方式の費用差を双方向で精算する15年スパンの公的支援契約にある。
低炭素技術が従来方式より高コストの場合は政府が差額を支払い、逆に市場環境が変化して低炭素技術が割安となった場合は、企業側が受領済みの支援金を国庫に返還する仕組みである。資金配分は競争入札方式で行われ、回避CO2 1トンあたりの費用効率に基づいて受給者が決定される。
採択プロジェクトは厳格な達成基準を負う。契約開始から4年以内にCO2排出量を従来比50%以上削減し、契約終了時点で85%削減まで到達することが求められる。プロジェクト事業開始期限は2031年1月1日とされ、長期資本投資の早期意思決定を促す制度設計となっている。
支援対象は鉄鋼、金属、セメント、石灰、ガラス、セラミック、化学、製紙といった、いわゆるハードトゥアベート産業に集中している。採択要件として、化石燃料や従来型原料を低炭素代替手段に置換する根本的な技術転換が求められ、想定技術として電化、水素利用、CCS、CCU、バイオメタン、産業排熱回収システムが列挙されている。
過去のCCfDで論点となっていたCCSプロジェクトの扱いについては、CO2輸送・貯留インフラを巡る法的枠組みの不確実性が解消されつつあるなか、今回の改定で適用範囲が再開・拡大された。
改定版の制度設計で注目される論点は、CDRの明示的な組み込みである。BMWE資料によれば、対象技術範囲は排出源での削減にとどまらず、大気から既往CO2を除去し地中または工業的シンクに長期固定する手法にまで拡大されている。具体例としてDACCS、BECCS、鉱物化、エンジニアード貯留経路などが挙げられている。
CDR採択には永続性および会計の厳格な要件が課され、長期貯留の完全性と、再生可能・低炭素水素および電力使用ライフサイクル排出に関するEU気候規則との整合が求められる。これは2024年末に発効したEU炭素除去認証フレームワーク(CRCF)が定めるCDR認証要件と、産業政策側からの支援メカニズムを接続する制度進化と読み取れる。一方で、産業排出源での回避と大気からの除去を同一スキーム下で競争入札に付すことの妥当性については、両者の費用効率を単一指標で比較することの限界を指摘する声もある。
CCfDの新ラウンド開始の遅延について、業界団体からはこれまで、長期投資の意思決定を阻害する不確実性として批判が寄せられてきた。EU ETSによる排出枠価格の上昇と、低炭素製品を巡る国際的な競争激化が圧力として作用するなか、制度の早期確定が産業政策上の優先課題となっていた。
EU欧州委員会で「クリーン・公正・競争的な移行」を担当するテレサ・リベラ(Teresa Ribera)執行副委員長は、本承認について、主要セクターでの大幅な排出削減に向けて公的支援を的を絞った適切な形で活用し、公平な競争条件を維持しつつ脱炭素化を前進させるための施策と位置づけた。
CCfD改定版で最も評価に値する設計要素は、双方向契約構造である。
市場環境の変化により低炭素技術が将来的にコスト優位となった場合、企業は受領した補助金を国庫に返還する義務を負う。これは公的支出を「将来回収可能な投資」として性格づけるものであり、納税者保護と財政規律の観点で従来型の片務的補助金とは一線を画する。
一方で、企業側にとっては支援額が将来確定しない構造であり、設備投資の予見可能性との緊張関係が残る。CDRをCCfDの対象に組み込んだ判断は、CRCFが整備した認証基盤の上に支援メカニズムを乗せる自然な制度進化と読み取れ、欧州の産業脱炭素と除去系市場の制度的接続が一段進んだことを示している。