ケニア・リフトバレー地溝帯で、直接空気回収(DAC)由来CO2の地下注入が世界4例目として実施された。実施したのはケニア発DAC企業のオクタビア・カーボン(Octavia Carbon)と、米ニューヨーク拠点の鉱物化貯留スタートアップであるセラ・ミネラル・ストレージ(Cella Mineral Storage)。両社が「プロジェクト・ハミングバード(Project Hummingbird)」と命名する案件で、玄武岩層に約0.5トン(460キログラム)のCO2を試験注入した。
注目すべきは、本件が当初計画から大幅にずれ込んでいる点である。両社は2023年7月のプレスリリース時点で「2024年10月に商業稼働を開始し、年間1,000トン規模のCO2を回収・貯留する。世界最大級のDAC・貯留施設の一つとなる」と公表していた。しかし2026年5月時点での実績は試験注入0.5トンに留まり、年1,000トン規模の商業稼働目標は2026年末に再設定された。当初計画から約2年の遅延である。
本件の戦略的焦点は、貯留量そのものではなく、セラが提唱する分散型貯留モデルの実証にある。共同創業者のクレア・ネルソン(Claire Nelson)は「現状のCO2貯留ビジネスはハブ&スポーク型に向かいつつある」とした上で、自社のアプローチは「座礁排出(stranded emissions)を解決するための分散型・小規模貯留」を志向すると述べた。
ハブ&スポーク型とは、米国湾岸地域などで進行中の大規模CO2貯留拠点に、複数の排出源からパイプライン輸送によってCO2を集約するモデルを指す。一方、本案件では玄武岩地質と地熱電源さえあれば小規模・分散的に貯留できるという仮説を実証する。
注入手法には石油・ガス産業由来の交互注入(Water-Alternating-Gas, WAG)法を転用した。純粋なCO2を玄武岩層に直接注入する方式で、CO2を水に溶解させてから注入する従来法と比較し、水使用量を大幅に削減できるとされる。リフトバレーの玄武岩層が持つCO2鉱物化貯留ポテンシャルは推定400ギガトン規模であり、注入されたCO2は数年以内に鉱物として安定化するため、漏出リスクが極小化されるという。
ケニアでこのモデルが成立する条件として、複数の固有要因が指摘される。第一に、国内発電のほぼ100%を占める再エネ電源(地熱中心)と、地熱発電所からの廃熱を回収プロセスのエネルギー源として活用できる点。第二に、リフトバレーの玄武岩地質。第三に、産業需要が薄いために生じている再エネ余剰を、エネルギー集約型のDAC負荷で吸収できる構造である。
オクタビア・カーボン創業者のマーティン・フライミュラー(Martin Freimüller)は、地熱と若年労働力を活用したDAC技術開発でケニアを「気候変動対策の前衛」に位置づけたいとする。プロジェクト・ハミングバードが発行するカーボンクレジットはプロアース(Puro.earth)レジストリの「地質貯留炭素基準(Standard for Geologically Stored Carbon)」に基づき認証される予定で、世界2例目のDAC認証カーボンクレジット発行を目指す競争中だ。先行するクライムワークス(Climeworks)に次ぐ位置取りを狙う。
一方で、本件の2年遅延を「DAC事業の遅延リスクの典型」と評価することに対しては反論もある。DAC技術は産業として黎明期にあり、初期パイロット段階での工程遅延は新興技術の通例とする見方だ。実際、クライムワークスのオーカ(Orca)プラントも稼働後に当初公表能力を下回る運用が報告されており、DAC全般がスケールアップ局面で同様の課題に直面している。
また、分散型モデルそのものが地熱・玄武岩という地質条件に強く依存している点にも留意が必要となる。ケニアで成立する経済性が、他の新興国に普遍的に適用できるとは限らない。
本件の真価は試験注入0.5トンそのものではなく、「年1,000トン規模を世界最大級と称した2023年時点の認識が3年でアップデートを迫られた」という業界の構造課題を映し出した点にある。分散型ストレージという仮説は魅力的だが、商業稼働実績が累積されるまでは仮説に留まる。