2050年カーボンニュートラルの実現に向け、日本が経済と環境の好循環を目指す国家戦略「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」。その実現のための最も中核的な政策ツールとして、日本の産業界の注目を集めているのが「GX-ETS(排出量取引制度)」である。
2026年4月1日に施行された改正GX推進法により、これまで任意参加の枠組みだったGX-ETSは、法的拘束力を持つ制度へと移行した。本記事では、日本の気候変動政策における歴史的な一歩となるこの全国規模のカーボン市場について、その段階的な仕組みと、日本の産業界に与える影響を解説する。
GX-ETSとは、一言で言うと「日本政府が、国のGX戦略の一環として導入する、全国規模の排出量取引制度(ETS: Emissions Trading System)」のことである。
これは、企業の自主的な取り組みを促す「GXリーグ」という枠組みを土台としながら、段階的に法的拘束力を持つ規制的な制度へと移行していく、日本独自のアプローチをとっている。その目的は、企業にCO2排出のコスト意識を根付かせ、市場メカニズムを通じて、日本全体の排出削減を経済的インセンティブとともに促すことにある。
GX-ETSの導入は、日本の気候変動政策における大きな転換点を意味する。
日本初の全国規模カーボン市場:これまで、東京都の排出量取引制度(2010年開始)など地域的な取り組みは存在したが、国全体を対象とする本格的な排出量取引制度は、このGX-ETSが初めてとなる。これは、日本がEU ETSや韓国、カリフォルニア州キャップ&トレード制度などと同様に、カーボンプライシングを政策の柱に据えることを内外に示すものである。
産業界への脱炭素インセンティブ:GX-ETSは、日本の主要な産業に対し、炭素排出に明確な価格(価値)を与える。これにより、企業は省エネルギー、燃料転換、CCUSといった脱炭素投資を、単なるコストではなく、将来の競争力を左右する経営判断として捉えるようになる。
国内カーボン市場の基盤整備:GX-ETSは、既存の「J-クレジット制度」を、対象企業が削減目標を達成するためのクレジット供給源として組み込んでおり、国内炭素市場の流動性向上に寄与することが期待されている。
GX-ETSの最大の特徴は、急激な経済的負担を避け、産業界の準備期間を確保するための「段階的導入」にある。制度は大きく3つのフェーズに分けて設計されている。
「GXリーグ」という、野心的な削減目標を掲げる企業のフォーラムが、最初の舞台となった。GXリーグには2024年度時点で700社を超える企業が参画している。
この期間、参加企業は自主的に自社の排出削減目標を設定した。目標以上に削減できた企業は、その超過削減分を市場で売却でき、目標未達の企業は、市場からJ-クレジットなどを購入して差分を埋め合わせる仕組みだった。いわば、本格稼働に向けた「助走期間」である。
2026年4月1日に施行された改正GX推進法により、GX-ETSは法的拘束力を持つ義務制度へと格上げされた。対象となるのは、直近3年度平均で国内の直接排出量(Scope1相当)が10万トンCO2以上となる事業者で、電力会社、鉄鋼、セメント、石油元売り、大手自動車メーカーなど約300〜400社が見込まれ、日本国内のCO2排出量の約6割をカバーすると推計されている。
政府は業種特性を踏まえた基準に沿って対象企業に排出枠を無償で割り当て、企業は毎年度、実際の排出量と同量の排出枠を保有することを義務づけられる。制度初年度にあたる2026年度は、排出枠割当の基礎となるCO2排出量を算定する計測期間と位置づけられており、2027年度から実際の排出枠割当と取引が本格的に始動する。
2033年度を目途に、発電事業者を対象として、排出枠の一部を入札(オークション)形式で有償に割り当てる制度が始まる。割り当てた排出枠の量に応じて、対象の発電事業者から「特定事業者負担金」を徴収する仕組みも予定されている。発電部門が先行して有償化の対象となるのは、再生可能エネルギーへの転換や燃料シフト、CCUSの活用など、他部門に比べて排出削減の選択肢が豊富であることが理由とされる。
GX-ETSは、日本のカーボンプライシング政策全体の一部として位置づけられている。
J-クレジットとの関係:J-クレジットは、GX-ETSの参加企業が自らの削減目標を達成するための重要なクレジット供給源となる。
化石燃料賦課金との関係:2028年度からは、石油元売りなどの化石燃料輸入事業者に対し、輸入・取扱いに伴うCO2排出量に応じた「化石燃料賦課金」(実質的な炭素税的性格を持つ賦課金)が導入される予定である。GX-ETSは、この賦課金と並行して機能する、もう一つのカーボンプライシングの柱となる。
日本では2026年4月1日に改正GX推進法が施行され、GX-ETSはGXリーグによる任意の枠組みから、法的拘束力を持つ制度へと移行した。現在は制度初年度としてCO2排出量の計測期間にあたり、2027年度からの本格的な排出枠割当・取引開始に向けた準備が進められている。
国際的に見ると、EU ETSは2005年に世界で初めて導入された多国間の強制的なキャップ・アンド・トレード制度であり、韓国や米国のカリフォルニア州キャップ&トレード制度なども、国・地域単位で先行して制度を運用してきた。GX-ETSは、こうした先行事例を参照しつつ、日本の産業構造に合わせた独自の段階的アプローチを採用している点が特徴である。
GX-ETSは、日本の気候変動政策を新たなステージへと導く、国家規模の排出量取引制度である。
【本記事のポイント】
GX-ETSの成否は、GXリーグの自主的な枠組みから、いかにして実効性のある強制力を持った市場へと円滑に移行できるかにかかっている。義務化対象企業が排出枠やJ-クレジットを活用して目標達成を図る際には、クレジットの品質やサプライヤーの信頼性を見極めることが一段と重要になる。CDR PROでは、こうしたクレジット品質評価やサプライヤー選定を支援している。
The GX-ETS (GX Emissions Trading System) is Japan’s first nationwide cap-and-trade scheme, introduced as the core policy tool of Japan’s “GX” (Green Transformation) national strategy toward 2050 carbon neutrality. It builds on the voluntary GX League framework and is being rolled out in three phases: Phase 1 (FY2023–FY2025) was a voluntary trial in which GX League member companies set their own emission-reduction targets and traded surplus reductions; Phase 2 (FY2026–FY2032) became legally mandatory when Japan’s amended GX Promotion Act took effect on April 1, 2026, requiring roughly 300–400 large direct emitters (those averaging 100,000 tonnes of CO2 or more in direct emissions over the prior three fiscal years — an estimated 60% of Japan’s domestic CO2 emissions) to hold allowances equal to their actual emissions, with free allocation and FY2026 serving as the measurement year ahead of full allocation and trading from FY2027; and Phase 3 (from FY2033) will introduce a paid auction for a portion of allowances for power generation companies. In parallel, a separate fossil fuel surcharge on fuel importers is planned from FY2028. Existing J-Credits can be used by covered companies to help meet their obligations under the scheme.