カナダ・アルバータ州の排出削減機関 Emissions Reduction Alberta(エミッションズ・リダクション・アルバータ、ERA)は4月29日、年次公募「Industrial Transformation Challenge」の第4回として5,000万カナダドル(約54億円)の拠出を発表した。資金源は同州の Technology Innovation and Emissions Reduction(TIER)制度を通じて大規模排出者から徴収される産業向け炭素価格収入である。
本公募は2022年の制度開始以降4回目となり、累計拠出額は1億7,500万カナダドル(約190億円)を超える。1案件あたりの拠出規模は50万〜1,000万カナダドルで、申請者は産業パートナーから適格費用の50%以上に相当するマッチング資金を確保する必要がある。
対象技術領域は8分野にわたり、AI最適化・デジタルツイン・予知保全といったデジタル基盤、長時間蓄電・系統近代化を含む電力系統革新、廃熱回収・クリーン電源を含む産業エネルギーシステム、廃棄物価値転換・重要鉱物を含む先進材料・サーキュラーエコノミー、低排出原料・電化・施設更新といった産業プロセス革新までを包含する。林業バイオエネルギー、農業低排出投入材、水処理・修復・NbSも対象に含まれる。
TIER制度はアルバータ州の産業向けカーボンプライシング兼排出量取引制度として運用されており、大規模排出施設が支払う炭素価格収入を技術投資に還流させる設計を採る。ERAは2009年の設立以降、110億カナダドル超を351件のプロジェクトに投じ、対象プロジェクト総額は100億カナダドルを超える。これらは2030年までに累積約2,900万トンCO2e、2050年までに累積8,400万トンCO2e超の排出削減に寄与すると見込まれている。
ERAのジャスティン・リーマー(Justin Riemer)CEOは「アルバータの産業界は、世界市場での競争力を維持しながら排出を削減するという、現代における最も重要な課題の一つに直面している」と述べ、本ファンドを「規模化可能で費用競争力を改善し、具体的な環境成果をもたらすソリューションのパイプライン」と位置づけた。
本ファンドはCDRクレジットや特定の炭素除去技術に特化したものではなく、産業脱炭素全般を広く支援する汎用型ファンドの性格を持つ。対象8分野にはDACやBECCSといった除去系技術は明示されていないが、CCSや低炭素水素、電化、産業プロセス革新が含まれており、アルバータ州が集積するCCS・DAC関連エコシステムへの間接的な裾野支援として機能する余地はある。
一方で、汎用性の高さは戦略的集中投資の不在を意味するという見方もできる。本ファンドはカーボンクレジット市場の創出や除去系技術の規模化を主目的としておらず、産業競争力強化と排出削減の両立を主眼に据える点で、ボランタリーカーボンクレジット市場への直接的な寄与度は限定的である。
本件で見落とせないのは、アルバータ州がカナダにおけるオイルサンズ・天然ガス産業の中心地であり、TIER制度の炭素価格収入の少なからぬ部分が化石燃料産業由来であるという点である。グラント・ハンター環境保護地域省大臣は本公募について「TIER基金は雇用を創出し、サプライチェーンを強化し、アルバータの責任あるエネルギー生産の倍増を支援するプロジェクトを前進させている」と述べた。
「責任あるエネルギー生産の倍増」という表現は、化石燃料生産の拡大と脱炭素技術投資の併存を意味する。
これは炭素価格制度の収入を活用した産業脱炭素ファンドという建付けの正当性に対し、グリーンウォッシング論点を提起する余地を残す。もっとも、産業向け炭素価格制度の本来的設計思想は「排出者負担による技術転換の自己内製化」にあり、化石燃料産業を含む現行排出構造の中で循環を回す仕組みそのものは制度論理として整合する側面もある。
TIER制度は産業向け炭素価格収入を技術ファンドへ還流させる循環構造を採用しており、賦課金収入の使途設計を控える日本のGX-ETSにとって参照価値の高い先行事例として位置づけられる。
特に注目すべきは、収入の使途を特定技術への集中投資ではなく、産業界が応募する競争的公募方式に委ねている点である。これは政府による技術選別リスクを回避しつつ、産業界の現場ニーズを反映させる設計として機能する。一方、ファンドの汎用性が高いほどCDRや除去系技術といった市場形成途上の領域への戦略的支援は希薄化する構造的トレードオフが存在する。
本ファンドが化石燃料州の制度であるという文脈は、産業向けカーボンプライシング制度を「排出者の自己内製による産業転換装置」と位置づけるか、「化石燃料産業の存続を補強するメカニズム」と位置づけるかという制度論の根本に関わる論点を内包する事例である。