フィンランドのスタートアップ企業、リムーブ・カーボン・トゥデイ(Remove Carbon Today)が、個人消費者向けに認証済みのエクスポストカーボンクレジット(除去系・永続貯留型)を販売するプラットフォームを展開し、市場の注目を集めている。第三者検証・公開レジストリ・エクスポスト発行を備えたカーボンクレジットを、1キログラム単位から個人が直接購入できる消費者プラットフォームは世界的にも前例が乏しい。
2025年11月のローンチから半年で、7カ国の顧客が累計35トンのCO2を除去・償却したという規模は実証段階に過ぎないが、本プラットフォームが提示する「グリーンウォッシング対策を消費者市場に持ち込む」設計思想は、ボランタリーカーボンクレジット市場の構造に変化を促す可能性を含んでいる。
リムーブ・カーボン・トゥデイの設計上の核心は、販売対象を「既に大気から物理的に除去・貯留が完了している除去系カーボンクレジット」に限定している点にある。
具体的には、回避系カーボンクレジット、削減系カーボンクレジット、エクスアンテ(事前発行)・プレパーチェス型の将来発行カーボンクレジット、自然由来カーボンクレジットのうち永続性が短いものは、いずれも取扱対象から除外している。
販売されるのは、購入時点で既に第三者監査機関による検証を経てプロアースの公開レジストリ上で発行・管理されているカーボンクレジットのみであり、購入後1ヶ月以内に顧客名義で償却(リタイアメント)される運用となっている。
創業者のティーア・ヴィハヴァイネン(Tiia Vihavainen)は、自社サイト上で「個人にとってのカーボンクレジット市場は、オフセット、回避系クレジット、将来発行の約束で混雑しており、グリーンウォッシング懸念を引き起こしてきた。我々は別のモデルを提供する」と述べている。
購入者には1ヶ月以内に償却完了の証明メールが送付され、プロアースの公開レジストリ上の償却ステートメントへの直接リンクと注文番号が記載される。
リムーブ・カーボン・トゥデイのウェブサイト上でも、注文番号からレジストリへの追跡が可能とされている。償却が公開レジストリ上で検証可能であることは、二重計上(ダブルカウント)防止の観点でも個人向けカーボンクレジット販売における品質保証の要となる。
プロアースは2021年からナスダック(Nasdaq)の過半数出資下にあり、永続的な炭素除去(CDR)に特化した認証スタンダード兼レジストリ運営事業者である。法人向けカーボンクレジット市場では既に主要なインフラとして確立しているが、これを消費者向けチャネルで直接接続する設計は新規性が高い。
販売されるカーボンクレジットの貯留期間は最低100年以上とされ、現時点ではバイオ炭プロジェクト由来のものが中心となっている。
ヴィハヴァイネンは、バイオ炭を主軸としている理由として「供給可能性とスケーラビリティ」を挙げ、供給量の増加と価格低下に応じて他のCDR手法へ拡張する方針を示している。
ただし、バイオ炭は技術由来のCDRのうち相対的に商業化が進んでいる手法であり、DACCSやBECCSのような高コスト技術と比較した場合、永続性とコストのバランスで現実的な選択肢となる。一方で、永続性の評価方法や測定・報告・検証(MRV)の手法論をめぐっては、バイオ炭の永続性を「100年以上」と単純化することへの慎重論も業界内には存在する。
価格設定は198ユーロ/トン(約36,500円/トン)、最小注文単位は1キログラム(0.198ユーロ、約37円)から購入可能となっている。
特筆すべきは価格決定メカニズムの透明性である。リムーブ・カーボン・トゥデイは、バイオ炭由来の除去系カーボンクレジット仕入価格にナスダックとプロアースが運営するCORC(Carbon Removal Reference Price Index)系列のCORCCHAR指数を連動させ、これに固定の10%運営マージンと適用税を加える方式を公開している。
仕入原価と中間マージン構造を消費者に対して開示する価格設計は、ボランタリーカーボンクレジット市場で従来不透明とされてきたディーラーマージン問題に一石を投じる試みと位置づけられる。
プラットフォームでは、キログラム単位の購入に加えて、特定の生活行動、休暇のフライト、衣料品購入、コーヒー消費、混合食習慣等に紐づいた除去パッケージや月額サブスクリプションも提供されている。
ヴィハヴァイネンは取材で「5クリック、10秒」で日常生活由来の排出に対する除去手続きが完了する設計を強調しており、フットプリント計算機を介さずに購入導線を簡素化する点が特徴となる。
ただし、個人向け除去系カーボンクレジット市場の拡張に対しては、批判的見解も存在する。
第一に、CDR購入は緩和階層(mitigation hierarchy)の最終手段であるべきとされるなかで、個人購入チャネルの拡大は「排出削減努力よりオフセット的解決を優先する」誤ったシグナルを与えうるとの懸念がある。
第二に、半年で累計35トンという数量規模は、気候インパクトとしては象徴的水準にとどまる。個人向けCDR市場が拡大しても、産業排出規模に対する寄与は限定的であり、政策・規制によるシステム的削減の代替にはなり得ないという指摘も成立する。
これらの論点は、本プラットフォームの設計思想「不可避なCO2に対するクリーンアップ」と「個人責任の引き受け」をどう評価するかに直結する。
リムーブ・カーボン・トゥデイは個人向け除去系カーボンクレジット市場の構造的起点となりうる事例として注目に値する。法人向けに整備されてきた品質保証インフラ(第三者検証、公開レジストリ、エクスポスト発行、永続性100年以上)を、技術的にではなく商業設計上で消費者領域に接続した点は、ボランタリーカーボンクレジット市場の供給側と需要側の双方に新たな圧力をもたらす可能性がある。
特に「個人調達」というチャネルが今後どこまで成長するかは、CORCCHAR指数連動の価格モデルが消費者の心理的許容価格と整合するか、フィンランド以外の地域でも同水準の透明性が維持できるか、そしてバイオ炭以外のCDR手法(DACCS、BECCS、ERW、海洋系等)まで商品ラインを拡張できるかにかかっている。
本プラットフォームの第2四半期以降の販売推移、地域別シェア、商品ラインの拡張動向は、個人向け除去系カーボンクレジット市場が一過性のニッチに終わるか、構造転換の起点となるかを判別する観察対象として継続注視に値する。