スペイン政府は、産業脱炭素化プログラムPERTEに基づき、ボトランチン・シメントス・エスパーニャ(Votorantim Cimentos España)とセメックス・エスパーニャ(Cemex España)に対し、セメント部門向けで計3億1,900万ユーロ(約590億円)を配分した。EU復興基金を原資とし、ハードトゥアベート部門の脱炭素に公的資金を投じる動きである。
本件は、17プロジェクトへの計5億1,800万ユーロ(約960億円)におよぶ交付決定の一部であり、セメント部門が3億ユーロ超で最大の集中分野となった。
配分額が最大となったのはボトランチンで、1億1,960万ユーロ(約221億円)。レオン県のトラル・デ・ロス・バドス工場にCCUS設備を整備し、製造工程の燃焼排ガスからCO2を回収して液化する。同工場の年産能力は160万トンである。
ボトランチンは2050年のカーボンニュートラルコンクリートを企業目標に掲げ、本補助を近接目標の達成に充てる。2030年までにセメント系製品1トンあたりのCO2排出量を475kgに抑える方針である。
セメント生産は世界のCO2排出のおよそ7%、EU域内では約4%を占める。プロセス由来の排出が大きく、燃料転換だけでは削減しきれない構造的な負荷を抱える。
セメックスは2億ユーロ(約370億円)を確保し、タラゴナ県アルカナル工場で代替燃料と低炭素水素への転換を進める。同工場は次世代技術の実証拠点も兼ねる。
HYIELDコンソーシアムと連携し、スペインのクリーンテック企業WtEnergyが廃棄物由来水素の実証プラントを建設する。水素事業にはEUのHorizon Europeから別途1,000万ユーロ(約18億円)が投じられ、キルン工程からの化石燃料燃焼の全廃を狙う。
PERTE全体の公的投資規模は31億7,000万ユーロ(約5,860億円)にのぼり、年間1,300万トンの産業排出削減を見込む。セメントのほか、アルミ、製紙、化学の各部門も同時に採択された。
マドリードの狙いは、炭素回収と燃料転換の双方で重い初期投資を公的資金が肩代わりし、域内の重工業が欧州の環境規制強化を生き残れるようにする点にある。CBAMの本格適用とEU ETSの無償割当縮小が進むなか、域内製造業の生産コストは上昇圧力にさらされている。
一方で、公的CAPEX補助は炭素価格シグナルによる脱炭素とは別の論理で動く。補助金がセメントCCUSの商業的な採算性そのものを解決するわけではないとの指摘もある。
本件は、欧州の産業補助の枠組みのなかで想定される範囲の継続措置として位置づけられる。新規性よりも、公的資金で域内重工業の脱炭素CAPEXを支える政策パターンが定着しつつある点に意味がある。
注視すべきは、これがCBAMとEU ETS強化に対応する域内製造業の防衛策である点だ。欧州が公的補助で自国製造業の脱炭素コストを下支えするほど、同等の公的支援を受けにくい日系製造業各社は、対欧輸出と域内生産の双方で相対的なコスト競争上の不利を負いかねない。