CDR(炭素除去)市場の最大買い手であるマイクロソフト(Microsoft)が炭素除去カーボンクレジットの新規調達を一時停止したと一部メディアが2026年4月中旬に報じ、市場関係者に動揺が広がった。
同社は数日後に公式声明で「プログラムは終了していない」と否定したが、「調達のペースや量を調整しうる」とも明言しており、報道との実質的な差は曖昧なままだ。実害は限定的に推移したものの、マイクロソフト一社の動向が市場全体を揺るがしうる CDR 市場の構造的脆弱性が改めて可視化された格好となった。
最初に報じたのはヒートマップ(Heatmap)で、4月11日にマイクロソフトが炭素除去カーボンクレジットの新規調達を停止する旨をサプライヤーに伝達したと、関係者の話として報じた。翌12日にはブルームバーグ(Bloomberg)も同様の内容を独自に報道した。両報道とも匿名情報源に依拠した二次的報道であり、ESGトゥデイ(ESG Today)の取材時点(4月13日)でマイクロソフトは肯定も否定もせず、「市場環境とポートフォリオを継続的にレビューしている」との曖昧な回答にとどめていた。
しかし4月14日、マイクロソフトの最高サステナビリティ責任者(CSO)であるメラニー・ナカガワ(Melanie Nakagawa)氏が公式声明を発表。「当社の炭素除去プログラムは終了していない。自然由来および技術由来の双方のソリューションを含む既存ポートフォリオを引き続き構築・支援していく」と明言した。
ただし同声明には「サステナビリティ目標達成へのアプローチを精緻化していく中で、調達のペースや量を調整することがある」との文言も含まれており、報道された「停止」と公式の「調整」との実質的な差は判然としない。
マイクロソフトは、現時点で調達量や調達ペースを調整しているか否かについての明確化は拒否している。
CDR レジストリ・データ分析プラットフォームであるCDR.fyiが4月14日付で公表した報告によれば、マイクロソフトは2025年の炭素除去カーボンクレジット購入の87%、2026年第1四半期の56%を占めた。累計ベースでは契約済み耐久性 CDR 全体の78.5%、3,640万トンに達する。
これに対し、第2位の買い手は JPモルガン(JPMorgan)、ストライプ(Stripe)、メタ(Meta)、アルファベット(Alphabet)等が参加するフロンティア・クライメート(Frontier Climate)であり、累計シェアは4.0%、約180万トンにとどまる。残る17.5%(810万トン超)が市場のその他参加者全体の購入量である。
直近の調達実績も活発で、マイクロソフトは2025年に過去最高となる4,500万トンの炭素除去契約を締結し、これは2024年比2倍、2023年比9倍に相当する。4月上旬にはカナダの先住民主導 CDR プロジェクトから62.2万トンのバイオエネルギー由来 CDR を15年契約で確保したばかりだ。さらに2026年1月にはインディゴ・アグ(Indigo Ag)との間でトン数ベース最大規模の土壌除去カーボンクレジット契約を締結している。
今回の騒動で実体的な市場崩壊は回避された。マイクロソフトの既存複数年契約は今後数年にわたり数十億ドル規模を CDR プロジェクトに供給し続ける見通しであり、新規調達も継続している。
一方で、マイクロソフト一社の調達意思決定が市場全体の心理を即座に揺るがしうるという市場構造の脆弱性が今回の騒動で改めて確認された格好となった。カーボン・ビジネス・カウンシル(Carbon Business Council)のエグゼクティブディレクターであるベン・ルービン(Ben Rubin)氏は「市場が真に成長・成功し続けるためには、買い手の多様性が必要だ。市場が単一のアクターに依存することはできない」と述べ、「マイクロソフトの次に何が起きるか」が問われる局面に入ったと指摘した。
ルービン氏は同時に、新規買い手の市場参入が継続しており、過去に購入実績のある買い手も初期調達後に購入意欲を維持していることから、「民間セクターにおける需要構築は進んでいる」とも評価する。CDR 市場はスタートアップフェーズからスケールアップフェーズへの移行期に入りつつあり、民間調達の多様化は今後加速する、というのが同氏の見立てだ。
ただし、一方でマイクロソフトが果たしてきた市場創出機能を過小評価すべきではない、との見方も根強い。
CDR プロジェクト開発企業の CO280 のCEOであるジョナサン・ローン(Jonathan Rhone)氏は「マイクロソフトは単に炭素除去カーボンクレジットを買っただけではない。彼らは市場を作った。彼らが設定した品質基準が、我々を含む全サプライヤーをより良くした」と述べ、同社の基準設定機能の歴史的役割を強調する。
ナカガワ氏の声明には注目すべきもう一つの論点がある。「当社の脱炭素化アプローチは、削減・除去・効率化の組み合わせであり、炭素除去はその方程式の一部に過ぎない」とし、「リダクション・ファースト(reduction-first)」の整理が改めて打ち出された点だ。
CDR を「残余および歴史的排出への対応手段」と位置付ける緩和階層(mitigation hierarchy)に沿った姿勢の再確認であるが、マイクロソフトは AI ワークロード拡大に伴うエネルギー消費増大という構造的課題を抱えており、削減側の対応が後手に回れば除去側で吸収せざるを得ない構図が指摘されてきた。
今回の「ペース調整」言及は、削減側の進捗状況に応じて除去調達量を柔軟に変動させる方針の表明とも読み取れる。同社は2030年カーボンネガティブ達成、2050年までの歴史的累積排出量除去という野心的目標を維持しているが、その達成経路における除去依存度の調整余地を確保する含意があると見るのが妥当だろう。
今回の騒動は実害こそ限定的だったが、CDR 市場が単一バイヤーに依存する構造的脆弱性を露呈させたインパクトは小さくない。
マイクロソフトが累計購入量の8割近くを占める現状は、買い手側の交渉優位を集中させる一方、市場全体の予見可能性を損なう構造リスクであり、これの是正こそが市場成熟の最大の課題である。
マイクロソフトの独自高品質基準に過度に追従するのではなく、自社のクライメートトランジション戦略に整合した調達基準を独自構築することが、買い手多様化への貢献と調達コスト最適化の両面で重要となる。
「脱マイクロソフト依存」の市場構造への移行は、主体的参入機会を開くタイミングでもある。