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ビーバーが川床を強力なカーボンシンクに変える 欧州初の包括的炭素収支研究が示すNbSの新局面

2026.03.26 読了 約5分
ビーバーが川床を強力なカーボンシンクに変える 欧州初の包括的炭素収支研究が示すNbSの新局面
出典:University of Birmingham

バーミンガム大学(University of Birmingham)主導の国際共同研究チームは2026年3月18日、ビーバーが改変した湿地帯の炭素収支を初めて包括的に定量化した論文を学術誌「コミュニケーションズ・アース・アンド・エンバイロメント(Communications Earth & Environment)」に発表した。

ワーヘニンゲン大学(Wageningen University)、ベルン大学(University of Bern)をはじめとする複数の国際研究機関が参加した本研究は、ビーバーのダム構築活動が河川生態系を長期的なカーボンシンクへと転換しうることを定量的に示した初の成果として注目されている。

ビーバーが持つ「生態系エンジニア」としての炭素隔離能力

研究対象となったのは、スイス北部の河川回廊において10年以上にわたりビーバーが生息・活動を続けてきた地域である。ビーバーはダムを構築することで水流を緩め、湿地を拡張し、有機物・無機物を大量に堆積させる。このプロセスが土壌や堆積物への炭素蓄積を促進し、河川生態系全体をカーボンシンクへと変質させる。

研究チームは高解像度の水文データ、化学分析、堆積物サンプリング、温室効果ガス(GHG)モニタリング、長期モデリングを統合し、欧州で最も詳細なビーバー生息地の炭素収支を算出した。主要な定量的知見は以下の通りである。

  • 年間純炭素吸収量
    炭素換算98.3±33.4トン/年のカーボンシンクとして機能
  • 13年間の累積炭素蓄積量
    炭素換算1,194トン(年間・1ヘクタールあたり10.1トン相当)
  • 炭素蓄積速度
    ビーバー活動のない同等の河川系と比較して最大10倍
  • 堆積物の炭素濃度
    無機炭素が周辺森林土壌の最大14倍、有機炭素が最大8倍
  • メタン(CH4)排出量
    炭素収支全体の0.1%未満で実質的に無視できる水準

バーミンガム大学のジョシュア・ラーセン(Joshua Larsen)博士(本研究の筆頭上席著者)は「ビーバーは景観を変えるだけでなく、炭素の流れを根本的に変える。水を緩め、堆積物を捕捉し、湿地を拡大することで、河川を強力なカーボンシンクへと転換する」と述べた。

季節変動と長期的安定性、夏季の短期炭素源化を年間収支が上回る

ビーバー改変湿地の炭素収支は一様ではない。夏季に水位が低下し堆積物表面が露出すると、CO2の放出が一時的に吸収を上回り、短期的な炭素源となる局面が確認された。しかし年間サイクル全体を通じると、堆積物・植生・流木の蓄積による正味の炭素貯留が優勢となる。

バーミンガム大学のルーカス・ハルバーグ(Lukas Hallberg)博士(対応著者)は「13年余りで、研究対象の湿地はすでに長期的なカーボンシンクへと変貌しており、管理されていない河川回廊から予測される値をはるかに超えている」と指摘する。また、河岸林の流木が長期蓄積炭素の約半分を占めるという点も本研究の重要な知見の一つである。

ワーヘニンゲン大学土壌地理・ランドスケープグループのアネグレット・ラーセン(Annegret Larsen)准教授は「ビーバーは強力な炭素回収・吸着の担い手だ。水路を作り変え、豊かな湿地生息地を生み出すことで、景観全体の炭素貯留様式を物理的に変える」と語った。

スイス全土への外挿、年間排出量の最大1.8%を相殺する可能性

研究チームはさらに、ビーバーの再定着に適したスイス国内の全氾濫原に今回の知見を適用した場合のスケール効果を試算した。結果として、ビーバー湿地はスイス年間炭素排出量の1.2〜1.8%を相殺しうるとの推計が示された。人間による介入や財政的コストを要せず、生態系の自然な営みのみによってこれだけの気候便益が実現しうることは、自然に基づく解決策(NbS)の文脈において特筆に値する。

欧州では数十年にわたる保護活動によりビーバー個体群が各地で回復しつつある。今後の生息域拡大に伴い、この炭素隔離効果がさらに広域化する可能性があり、研究チームは継続的なモニタリングと生息地管理計画への統合を提言している。

NbSとしての潜在的位置づけ、カーボンクレジット方法論への含意

本研究が際立つのは、植物の成長を主駆動力とする既存の炭素隔離メカニズムとは異なり、動物が生態系全体を物理的に再構成することで景観レベルの炭素蓄積を実現している点にある。森林やピートランドが自然由来カーボンクレジット市場における主要な自然カーボンシンクであり続けるなかで、動物主導の生態系変化が既存の気候ソリューションを補完しうるという視点は、自然由来の解決策(Nature-based Solutions, NbS)の方法論的多様化に向けた重要な科学的根拠となりうる。

測定・報告・検証(MRV)の観点からも、本研究が採用した水文データ・化学分析・堆積物サンプリング・GHGモニタリングの統合的手法は、将来的なビーバー湿地カーボンクレジット方法論の基盤として参照される可能性がある。ただし、永続性の担保(ダムの維持が前提)や追加性の証明など、カーボンクレジット化に向けた課題も残存しており、今後の研究と制度設計が求められる。

ビーバーによる炭素隔離は、コストを要せずに自然が提供するカーボンシンク機能の具体例として、生物多様性クレジットや自然由来カーボンクレジットの方法論開発に直接示唆を与える。

TNFDへの対応を進める日本企業にとっては、生態系エンジニアリングを活用した炭素隔離の定量化アプローチは参照事例となりうる。

国内では、J-クレジット制度の自然由来枠組みや、河川・湿地生態系の保全を軸としたNbSプロジェクトの設計において、本研究の方法論的知見が活用できるか精査する価値がある。

参考:https://www.birmingham.ac.uk/news/2026/beavers-can-turn-riverbeds-into-powerful-carbon-sinks-new-research-shows

カーボンクレジット.jp 編集部
カーボンクレジット.jp編集部|2023年末に当時日本初かつ唯一のカーボンクレジット専門情報メディアを立ち上げ。高度な専門性とわかりやすさを追求した翻訳力。