西欧における一次林(primary forest)の大規模保護を実現する財源として、ボランタリーカーボンクレジット市場と生物多様性クレジットを組み合わせる構想が、欧州の環境研究分野で浮上している。
英国・グリフィス大学のヘザー・キース(Heather Keith)氏らが2024年5月に学術誌Communications Earth & Environmentに発表した研究がある。同研究は欧州27カ国・7,982地点・288,262本の樹木インベントリデータを基に、一次林の炭素貯蔵能力(carbon carrying capacity、CCC)を実測ベースで評価した。
研究の核心は、欧州一次林の地上部バイオマス炭素ストックが、グローバル衛星モデル(GlobBiomass、GeoCarbon)による推計を平均1.6倍、二次林を含む全森林比較では2.3倍上回るという結果である。直径60cm以上の大径木が総バイオマスの50%を占める一方、本数比率では15%にすぎない。一次林の炭素ストックは、現行の遠隔観測ベースの全球モデルでは構造的に過小評価されてきたと結論づけている。
研究チームはさらに、既存二次林を一次林のCCCに向けて回復させた場合、追加で12,659MtC(46,415MtCO2)の炭素貯蔵増が可能と試算した。年間吸収量に換算すると約309MtCO2に相当し、これは欧州グリーンディールが2030年までにLULUCFセクターで掲げる年間310MtCO2の純吸収量目標とほぼ同水準である。
西欧では一次林が極めて希少かつ細分化されており、大規模保護に向けた民間資金は伝統的に乏しかった。市場メカニズムは以下の二重の収益源を導入することでこの構造を転換しうる。
第一に、ボランタリーカーボンクレジット市場における未管理の老齢林を対象としたCCC測定型クレジットの発行である。
第二に、生物多様性クレジットによる生息地提供・景観連結性・複合生態系サービスへの明示的な対価付与である。
両者の違いは、後者がカーボンオフセットと異なり、標準ベースラインを上回る生態学的改善(ecological uplift)とネットポジティブな生物多様性貢献に評価軸を置く点にある。これらに加え、エコツーリズムや民間エクイティ投資を組み合わせ、新たに保護される自然保護区の長期的な財務自立性を確保する設計が提案されている。
提案される枠組みは、EU炭素除去・炭素農業規則(CRCF)との整合が必須とされる。
追加性の担保と二重計上の防止が要件となるためである。また、生きたバイオマスのみを対象とする従来の方法論は、菌類・昆虫・鳥類の生息基盤となる枯死木(deadwood)プールを評価対象から外しており、生物多様性価値との両立に不整合をきたす。高品質なクレジット設計には、枯死木の炭素ストックも明示的に評価対象に組み込む必要がある。
EU生物多様性戦略2030は、残存するすべての一次林・老齢林の厳格な保護を義務づけている。本構想は、この政策目標と金融メカニズムを連結する試みと位置づけられる。一方で、EU域内の自然保護資金の約8割は引き続き公的財源に依存しており、市場メカニズムの拡大は資金ギャップを埋める追加的手段として構想されている。
もっとも、一次林保護を除去系カーボンクレジットとして扱うことには、品質要件の観点から本質的な論点が残る。
追加性については、「既存の炭素ストック維持」が新規の炭素除去とみなせるかという議論が根本にある。CCCのフレームワークは、保護されない場合に発生したであろう排出を回避する「保護による回避便益」を主張するが、これは伝統的なREDD+クレジットが直面してきたベースライン設定の恣意性と同じ構造的問題を抱える。ボランタリーカーボンクレジット市場ではコアカーボン原則(CCPs)が回避系クレジットへの審査を厳格化しており、一次林保護クレジットも同様の精査を受ける可能性が高い。
永続性については、研究自体が「気候変動による撹乱頻度の増加(暴風、火災、害虫被害)が炭素貯蔵に影響を与える可能性」を認めている。100年単位の永続性を要求する除去系クレジットの基準に対し、自然撹乱リスクの定量化と保険的メカニズムの組み込みが不可欠となる。
MRVについても、研究が指摘する通り、現行の遠隔観測モデルが高バイオマス密度域で系統的に過小評価する以上、クレジット化に耐える地上検証ベースの計測体系は、現時点で標準化されていない。
本研究の科学的価値と、それを直ちにCDRクレジット化する構想は分けて評価する必要がある。一次林の炭素貯蔵量が従来推計を大きく上回るという観測事実は、欧州森林政策における基準値(reference level)議論に重要な実証データを提供するものであり、IPCCデフォルト値の改訂に資する貢献と位置づけられる。
一方、これを除去系カーボンクレジットとして金融化する構想は、追加性・永続性・MRVの三要件すべてにおいて未解決の論点を抱えており、現時点で高品質除去クレジットの方法論として成立するかは慎重な評価を要する。とりわけ「保護=維持」を追加性として認める設計は、ボランタリーカーボンクレジット市場が回避系クレジットの信頼性低下から脱却を図る現在の潮流と逆行する可能性がある。
生物多様性クレジットとの併用設計は方向性として合理的だが、両クレジットの二重計上防止と、それぞれが独立した品質基準で評価されるための制度設計が鍵となる。