JPモルガン・チェース(JPMorganChase)は、米国のクライメートテック・スタートアップであるグラファイト(Graphyte)と、今後10年間で60,000トンの高耐久CDRクレジットを調達する長期契約を締結した。
金融セクターにおける残存排出量(residual emissions)への対応として、スケーラブルかつ高インテグリティな炭素除去(CDR)ソリューションへの需要が一段と高まっていることを示す事例となる。
クレジットは、グラファイト独自の 「カーボン・キャスティング(Carbon Casting)」 プロセスから創出される。グラファイトの説明によれば、本プロセスは以下の工程で構成される。
第一に、農業残渣(おがくず、もみ殻など)や林業の副産物として発生し、本来であれば腐朽または焼却される予定だったバイオマスを回収する。第二に、微生物による分解を抑止するために乾燥処理を施し、高密度ブロックに圧縮する。第三に、不浸透性バリアで密封したうえで、モニタリング体制下にある地下サイトへ埋設する。
同社は、本プロセスにより 1,000年を超える永続性(permanence) を確保できると主張している。光合成と既存の汎用設備に依存するため、直接空気回収(DAC)のような他のエンジニアード型CDRと比較してエネルギー消費を大幅に抑制できる点が特徴である。これは、CDRの大規模商用化に向け、業界が長らく目標としてきた水準である。
特筆すべきは、1トンあたり100ドル(約15,200円)未満 を目指す生産コスト水準で、これは大規模CDRの商用化において広く「業界の悲願」とされてきた閾値に相当する。生物起源炭素除去・貯留(BiCRS)系の手法が、永続性とコストを両立し得る可能性を示唆するものとなる。
60,000トンの調達コミットメントは、米国における二つの主要拠点から供給される。
プロジェクト・ロブロリー(Project Loblolly/アーカンソー州パインブラフ) は、グラファイト初の商用規模施設として既に稼働を開始しており、初回のクレジット発行も実施済みである。地域の林業・農業残渣を原料に活用することで、農家への新たな収入源を生み出し、地元雇用にも寄与している。サイトは旧工業用地のコミュニティ向け再開発プランとも接続されている。
プロジェクト・ポンデローサ(Project Ponderosa/アリゾナ州フラッグスタッフ) は、現在開発中の二号機にあたる。米国西部で深刻化する森林火災リスクの低減を目的とした森林間伐作業から発生する木質バイオマスを原料とする設計で、防災コベネフィットを伴うCDRクレジットとして位置付けられる。雇用創出に加え、撹乱地を野生生物の生息地として再生させる計画も含まれている。
JPモルガン・チェースにとって本契約は、排出削減と広範なコベネフィット(Co-benefit)を組み合わせたソリューションを支援するという、より広範な気候戦略の一環として位置付けられる。土地管理、地方経済の発展、生態系再生といった要素を統合した炭素除去アプローチは、気候アクションをスケールするうえで決定的に重要だとする見方が、同行を含む大口バイヤーの間で定着しつつある。
なお、JPモルガン・チェースは2026年3月にも、ジョージア・クリーンテック・イノベーション・ハブ(Georgia Cleantech Innovation Hub)に対して60万ドル(約9,120万円) の助成金を拠出することを発表しており、CDRを含むクライメートテック分野のエコシステム構築への投資を多層的に拡大している。なおグラファイトはビル・ゲイツ(Bill Gates)が支援するブレークスルー・エナジー・ベンチャーズ(Breakthrough Energy Ventures)の出資先でもあり、ビッグテックの気候投資ネットワークと金融大手の調達需要が交差する典型的な構図となっている。
本取引は、ボランタリーカーボンクレジット市場における 買い手構造の質的変化 を象徴する事例である。コーポレートバイヤーは、従来の回避系カーボンクレジット中心のオフセット調達から、検証可能で永続性が高く、計測可能な環境的・社会的コベネフィットを伴う除去系カーボンクレジットへと、調達ポートフォリオを急速にシフトさせている。
エンジニアード型CDRは、自然由来カーボンクレジットと比較して永続性とMRV(測定・報告・検証)の観点で評価されやすい一方、これまでDACなどコスト面の課題が指摘されてきた。グラファイトの100ドル/トン未満を狙うコスト構造が量産フェーズで実証されれば、BiCRS系の手法が中長期的にCDRポートフォリオの中核を担う可能性がある。一方で、バイオマス調達の追加性、ライフサイクル排出、サプライチェーンの永続性検証など、メソドロジー上の論点も依然として残されている。
日本の大手企業にとって本契約は二点の示唆を持つ。
第一に、ネットゼロ達成に向けた残存排出量対応として、10年単位の長期・高耐久CDRオフテイク契約(LTCO) を組成する動きは、欧米先行の2026年型スタンダードとなりつつある。
第二に、地域雇用・防災・生物多様性といったコベネフィットが買い手評価軸として明示的に組み込まれている点であり、単なるトン数調達では差別化できないフェーズに入った。