本稿では、国際開発と気候変動ファイナンスの視点から、炭素除去・クレジット市場において重要な役割を果たすレジストリ「Isometric(アイソメトリック)」について取り上げる。市場の信頼性、途上国への影響、公正な移行、資金動員という観点から、なぜIsometricが重要視されるのか、その機能とあわせて解説する。
1分でわかる要点: Isometricの定義はこちら → Isometric(クイック定義)
Isometricは、高品質な炭素除去(CDR:Carbon Dioxide Removal)クレジットを発行・登録するための独立したレジストリであり、認証プログラムでもある。英ロンドンと米ニューヨークを拠点に2022年、本人確認テック企業Onfido(2024年に650百万ドルでEntrustに買収)の共同創業者であるEamon Jubbawy氏によって設立され、主に大気中から除去されたCO2(またはそれに準ずる温室効果ガス)の「確実な除去・貯留」を前提としたクレジットを、厳格な科学的基準に基づき発行・追跡している。
VerraやGold Standardのような従来の総合的なレジストリが回避系クレジットや削減系クレジットも含めて幅広く認証するのに対し、Isometricは除去・貯留型のクレジットのみを対象とする点が最大の特徴である。また、トレーサビリティ、透明性、追加性、ダブルカウント(二重計上)の防止といったガバナンス要件を設けており、気候変動ファイナンスやカーボン市場において信頼できるインフラを提供する役割を担っている。
地球温暖化を1.5℃未満に抑えるためには、排出削減だけでなく、大規模かつ信頼性の高い炭素除去(CDR)が不可欠である。途上国・先進国を問わず、公共・民間からの資金動員が求められているが、そのためには「発行されたクレジットが、実際に除去されたトン数を正確に反映している」という信頼性が前提となる。
Isometricは、従来のカーボンクレジット市場で指摘されてきた「過剰発行」「透明性の欠如」「二重計上」といった課題に対処するため、発行するすべてのCDRクレジットについて、算定根拠となるデータや計算式、排出係数を公開する「ラディカルな透明性」を掲げて設計された。
中立的な第三者レジストリとして機能し、クレジットの発行、引退(償却)、履歴の公開を通じて、クレジットの真正性を高めている。
企業や投資家が「1トンの除去を確実に証明できる」クレジットを購入可能な環境を整えることで、CDRプロジェクトへの民間資金の流入を促進する役割を果たす。
高品質な除去クレジット市場が整備されることで、途上国におけるCDR技術やプロジェクトが正当な資金を獲得しやすくなる。これは、地域における雇用創出、技術移転、環境改善をもたらす機会につながる。
レジストリの運営、プロトコル(基準)の策定、検証手続きにおいて、説明責任と透明性を重視している。検証機関(VVB)の独立性を確保するなど、利益相反を防ぐ仕組みを明示しており、VVB自体にもISO14065など国際的な認定基準に基づく第三者認定の取得が求められる。
プロジェクトの登録と設計
プロジェクト提案者は、Isometricが定める基準(Isometric Standard)や適用プロトコルに沿って、詳細なプロジェクト設計書(PDD)を作成する。
検証と認証
独立した審査機関(VVB)が、プロジェクトの設計内容および実績について検証と認証を行う。
クレジットの発行
検証の結果、1クレジットあたり「正味1メトリックトンのCO₂換算除去」が科学的に証明された場合のみ、レジストリ上でクレジットが発行される。
譲渡と引退
発行されたクレジットは所有者の移転が可能である。最終的には気候変動対策の成果として「リタイアメント(引退・償却)」処理がなされる。この過程において、二重使用や二重計上を防ぐための厳格な追跡が行われる。
モニタリングと反転リスクへの対応
一度除去した炭素が再び大気中に放出される「反転(Reversal)」のリスクに対応するため、継続的なMRV(モニタリング・報告・検証)や、リスク区分に応じたバッファプール(予備枠)制度、保険の活用などを通じて永続性(Permanence)を担保する仕組みを整えている。
Isometricを取り巻く制度環境は、2024年から2026年にかけて大きく進展した。2024年12月には、自主的炭素市場の健全性評議会(ICVCM)、航空業界の国際的な排出削減・オフセット制度であるCORSIA、そして国際炭素削減・オフセット連合(ICROA)の三者から同時に認定を受けた、世界で初めての炭素除去レジストリとなった。2025年8月には、ICVCMがIsometricのバイオ炭(Biochar)プロトコルに対してコアカーボン原則(CCP)ラベルを付与している。
除去手法の広がりも進んでおり、2024年12月には、Isometricの促進的風化(Enhanced Weathering)プロトコルのもとで世界初となる検証済みEnhanced Weathering(岩石風化促進)クレジットが発行された。事業規模の面では、2025年9月にサプライヤー数が100社を突破(節目となった100社目はFlux社)し、直近1年間で登録組織数は4倍以上に拡大した。クレジットの引き渡し量も、2025年第2四半期に前四半期比39%増となる約11万3,700トンを記録するなど、拡大が続いている。
資金調達の面では、2023年7月にLowercarbon CapitalとPluralが主導するシード資金として2,500万ドルを調達したのに続き、2026年6月には保険大手AXA系の成長投資家AVPが主導するシリーズAラウンドで4,000万ドルを調達したことを発表した。同ラウンドは、Isometricが培ってきたAIを活用した検証プラットフォーム「Certify」を、カーボン市場に限らず産業分野全般の認証へと展開していくための資金と位置づけられている。
日本国内でも、Isometricへのアクセス環境が徐々に整いつつある。カーボンクレジット関連の情報サービスを手がけるExRoad社は、2025年、自社が提供する情報サービスの対象レジストリとしてIsometricを新たに追加した。また、バイオ炭事業を展開する日本企業Green Carbon社は、インドのExcellent Enfab社と提携し、Isometric基準での認証取得を見据えた産業規模のバイオ炭型CDRプロジェクトの構築を進めている。もっとも、Isometricは主に欧米発の除去技術系プロジェクトを中心に発展してきた経緯があり、日本国内における活用事例は現時点ではこれらにとどまる。
信頼性の向上
高水準の科学的検証、透明性、追跡性により、クレジット購入者や投資家が安心して除去クレジットを活用できる環境を提供する。
資金動員の後押し
信頼できるプラットフォームが存在することで、CDRプロジェクトに対する民間および公共資金の流入が促される。
途上国への機会創出
高品質な除去型クレジット市場の拡大は、途上国へのCDR技術導入や、それに伴う経済的・環境的メリットをもたらす可能性がある。
ガバナンスの強化
検証機関の独立性や報告の透明性が担保されており、制度的な健全性が高い。ICVCM・CORSIA・ICROAからの同時認定取得など、第三者の品質保証枠組みへの対応も進んでいる。
コストとスケール
除去・貯留型CDRは技術的・資金的なハードルが高いため、従来の回避型クレジットと比較して単価が高くなる傾向にある。
技術とリスクの不確実性
貯留したCO₂が大気に戻る反転リスクや、超長期的な貯留の保証、モニタリングの難易度といった技術的課題が残る。
途上国における実装の壁
特に途上国では、技術移転、資金調達、能力構築が課題となりやすいため、公正な移行を確保するための慎重な設計が求められる。
Isometricのような除去型クレジットを実際に調達・活用する際は、プロトコルの種類やMRVの信頼性、サプライヤーごとの実績など、案件ごとの品質差を見極めることが欠かせない。こうした品質評価やサプライヤー比較には、CDR PROのような専門プラットフォームの活用も有効な選択肢となる。
Isometricは、「除去・貯留」型のクレジット発行に特化し、高い科学的・制度的信頼性を備えたレジストリである。ICVCM・CORSIA・ICROAからの同時認定取得やサプライヤー数の急拡大が示すとおり、気候変動対策における資金動員や、グローバルな除去スケールの拡大に向けた重要なインフラとして機能している。
一方で、技術的・資金的な課題や、途上国の参画をどう進めるかといった論点も残されており、公正な移行を考慮した継続的な制度設計が必要とされている。信頼できる除去型クレジット市場の構築において、Isometricのような高品質レジストリが果たす役割は極めて大きいといえる。
より短い定義は超要約版「Isometric」を参照。
Isometric is an independent registry and certification program for high-quality carbon dioxide removal (CDR) credits. Founded in London and New York in 2022 by Eamon Jubbawy (previously a co-founder of the identity-verification company Onfido, acquired by Entrust for $650m in 2024), it issues and tracks credits only for CO2 that has been durably removed and stored from the atmosphere, verified against rigorous scientific standards.
Unlike broad-scope registries such as Verra or Gold Standard, which also certify avoidance and reduction credits, Isometric certifies removal and storage credits exclusively, and requires “radical transparency” — publishing the underlying data, calculations, and emission factors behind every credit it issues. Governance safeguards include traceability, additionality, and double-counting prevention, with independent Validation and Verification Bodies (VVBs) accredited under standards such as ISO 14065.
Isometric’s importance lies in building the trust needed to mobilize public and private finance for large-scale carbon removal, supporting market integrity, developing-country participation, and accountable governance. Its process runs from Project Design Document (PDD) submission, through independent VVB validation and verification, to credit issuance (one credit per net tonne of CO2e removed), transfer, and eventual retirement — with reversal risk managed through ongoing MRV, risk-based buffer pools, and insurance.
Momentum has been building rapidly: in December 2024, Isometric became the first carbon removal registry simultaneously accredited by ICVCM, CORSIA, and ICROA, and in August 2025 its biochar protocol earned an ICVCM CCP label. It issued the world’s first verified Enhanced Weathering credits in December 2024, passed 100 suppliers in September 2025, and delivered roughly 113,700 tonnes in Q2 2025 (up 39% quarter-on-quarter). Funding has grown from a $25m seed round (2023, led by Lowercarbon Capital and Plural) to a $40m Series A (announced June 2026, led by AVP), the latter earmarked to extend its AI-assisted “Certify” verification platform beyond carbon markets into wider industrial certification. In Japan, credit-data provider ExRoad added Isometric to its registry coverage in 2025, and biochar developer Green Carbon has partnered with India’s Excellent Enfab on an industrial-scale project targeting Isometric certification — though Japanese activity remains limited so far.
Challenges remain: removal credits carry higher costs than avoidance credits, reversal and long-term storage risks are not fully resolved, and developing-country implementation still faces barriers around technology transfer, financing, and capacity building. Even so, Isometric is emerging as key infrastructure for a trustworthy, science-based carbon removal market.