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排出枠とは?詳しくてわかりやすい用語解説|What Is an Emission Allowance?

2025.01.01 更新 2026.07.04 読了 約13分
排出枠とは?詳しくてわかりやすい用語解説|What Is an Emission Allowance?

カーボンプライシングには、大きく分けて二つのアプローチが存在する。

一つは、個別プロジェクトによる排出削減・吸収量を認証するボトムアップ型の「カーボンクレジット」。そしてもう一つが、政府などの運営主体が排出量の上限(キャップ)を設定し、その範囲内で排出する権利を割り当てるトップダウン型の「排出枠(Emission Allowance)」である。この排出枠は、キャップ&トレード制度(排出量取引制度/ETS)の根幹をなす要素だ。

本記事ではこの「排出枠」の概念を深掘りする。これが単なる環境規制のツールに留まらず、政府による大規模な資金動員を可能にし、その制度設計がいかに国内産業の競争力や公正な移行を左右するのか、そして国境を越えて途上国に影響を与えるのかについても解説する。

排出枠とは

一言で表現すれば、排出枠とは政府や規制当局によって発行される許可証である。これを保有する事業者は、許可証1枚あたり1トンの二酸化炭素(またはその相当量)を大気中に排出する権利を認められる。

資源管理の視点:漁業割当への例え

この仕組みは、資源管理のための「漁業割当(漁獲枠)」に例えると理解しやすい。

キャップ(上限)の設定

政府が魚の乱獲を防ぐため、科学的根拠に基づき年間の総漁獲量の上限(例:1万トン)を設定する。

排出枠(許可証)の割当

その上限に合わせ、合計1万トン分に相当する漁獲許可証を発行し、漁業者へ割り当てる。

トレード(取引)

効率的に漁獲でき許可証が余った漁業者は、許可証が不足している他の漁業者へ、市場を通じて販売する。

結果として、個々の漁獲量は市場原理に委ねられるが、年間の総漁獲量が上限を超えることはなく、資源は確実に保護される。排出枠もこれと同様であり、経済全体の総排出量を確実にコントロールする仕組みである。

排出枠」と「クレジット」の決定的な違い

両者は混同されがちだが、その性質は根本的に異なる。

排出枠(トップダウン型)
キャップ&トレード制度の一部である。政府がまず「上限」を設定し、その許容範囲内で排出する「権利」として人為的に創出されるものである。

カーボンクレジット(ボトムアップ型)
ベースライン&クレジット制度の一部である。特定のプロジェクト活動によって、あるべき姿(ベースライン)よりも排出量を「削減した実績」を事後的に認証したものである。

なお、企業が自主的にカーボンクレジットを調達し、排出枠制度ではカバーされない領域の排出をオフセットする場合は、プロジェクトやサプライヤーの品質を横断的に比較検討することが欠かせない。そうした場面では、CDR PROのような専門プラットフォームでクレジット・サプライヤーの品質評価情報を参照するのも実務上有効な選択肢となる。

排出枠を基盤とするキャップ&トレード制度の重要性

排出枠を用いた制度設計は、気候変動政策において極めて強力な影響力を持つ。その重要性は主に以下の4点に集約される。

環境目標の確実な達成

制度が適切に運用される限り、対象セクターからの総排出量が設定された上限(キャップ)を超えることはない。キャップ自体が法的拘束力を持つため、自主的な取り組みにありがちな「目標未達」のリスクを回避し、環境的な成果を保証できる。

公的気候資金の創出

政府が排出枠を企業に無償で配るのではなく、オークションにかけて販売することで、歳入を生み出すことが可能となる。この歳入は、再生可能エネルギーの導入支援、インフラ整備、省エネ技術開発といった気候変動対策への再投資や、低所得者層への支援など、公正な移行のための貴重な公的財源となる。

コスト効率的な排出削減

排出枠の取引が可能であるため、社会全体として最も経済合理的な形で排出削減が進む。削減コストが安い企業は積極的に削減して余剰枠を売却し利益を得る一方、対策コストが高い企業は枠を購入することで対応できる。これにより、経済全体の負担を最小化しながら目標を達成できる。

国際的な波及効果

EU-ETS(欧州連合排出量取引制度)のように大規模な制度は、国境を越えた影響力を持つ。特に、炭素価格の低い国からの輸入品に事実上の炭素税を課す炭素国境調整メカニズム(CBAM)のような措置は、輸出国の産業に対しても脱炭素化を迫る強力なドライバーとなる。

制度の仕組みと運用フロー

排出枠が機能するキャップ&トレード制度は、一般的に以下のプロセスで運用される。

キャップ(上限)の設定

政府はパリ協定などの国際目標と整合するよう、対象セクターの排出総量に上限を設定する。この上限は年々引き下げられていくのが通例である。

排出枠の配分

設定された上限と同量の排出枠を創出し、対象企業に配分する。配分方法には、過去の実績等に応じて無償で割り当てる「グランドファザリング」と、入札によって有償で割り当てる「オークション」がある。

履行義務

各企業は一定期間(通常は1年間)の事業活動を終えた後、自らの実際の排出量と同量の排出枠を政府に提出(償却)する義務を負う。

トレード(取引)

削減努力によって枠が余った企業と、生産拡大などで枠が不足した企業との間で、排出枠の売買が行われる。

国内外の動向(2026年7月時点)

排出枠を用いた制度は各国・地域で改定が続いている。ここでは主要な最新動向を整理する。

EU:CBAMが本格運用フェーズへ

EU-ETSを補完する炭素国境調整メカニズム(CBAM)は、2023〜2025年の移行期間を経て、2026年1月1日から本格運用(definitive period)に移行した。対象品目はセメント、鉄鋼、アルミニウム、肥料、電力、水素など炭素集約度・カーボンリーケージリスクの高い品目で、EUへの輸入事業者はCBAM証書を用いて輸入品に体化された排出量を精算する義務を負う。

EU-ETSの無償配分縮小とオークション拡大

EU-ETSフェーズ4(2021〜2030年)では、一般セクター向け排出枠のうち最大57%程度をオークションで販売する方針が採られている。航空分野は2026年までに無償配分を全廃し完全オークション化される予定であり、カーボンリーケージリスクが低いとされる産業セクターについても、2026年以降、無償配分比率を最大30%から段階的に引き下げ、2030年までにゼロとする方針が示されている。

EU-ETS2(建物・道路輸送)は2028年開始に延期

建物の暖房・道路輸送の燃料燃焼を対象とする新制度「EU-ETS2」は、当初2027年開始が予定されていたが、エネルギー価格高騰への配慮から、欧州理事会・欧州議会の合意により2028年開始へと1年延期された。

日本:GX-ETS(排出量取引制度)が2026年度に本格稼働

日本では、GX推進法に基づく国内排出量取引制度(GX-ETS)が2026年度から本格稼働している。対象は、直近3事業年度平均のCO2直接排出量が政令で定める基準量を超える大口排出事業者で、電力・鉄鋼・セメント・石油元売り・自動車など多排出産業が中心となる見込みである。制度初年度の2026年度は移行的な取り扱いとされ、排出目標量の届出や排出枠の本格的な割当ては2027年度から行われる予定だ。

制度の起源:京都議定書とAAU

排出枠を用いた国際的な枠組みの原型は、京都議定書(1997年採択)の下での国際排出量取引(IET)に遡る。先進国に割り当てられた排出目標は「AAU(Assigned Amount Unit)」という単位で表され、京都メカニズムの下で国家間取引が認められていた。現在のEU-ETSやカリフォルニア州キャップ&トレード制度は、この考え方を国内・地域制度として発展させたものである。

世界的な潮流:フリーライド防止と制度間連携

無償配分は企業への「ただ乗り(フリーライド)」や予期せぬ巨額利益(ウィンドフォール・プロフィット)を生みやすいため、公的歳入を最大化する観点から、各国・地域で共通してオークション比率を高める流れが見られる。同時に、異なる制度を接続してより流動性の高い炭素市場を形成する動きもある。実例として、スイスの排出量取引制度は2020年1月からEU-ETSと相互リンクしており、双方の排出枠を互いの履行義務の充当に利用できる。

制度設計におけるメリットと課題

排出枠は強力なツールであるが、その設計と運用には細心の注意が必要となる。

主なメリット

環境成果の確実性
キャップにより総排出量が物理的に制限される。

経済的効率性
市場メカニズムを通じて、社会全体の削減コストが最適化される。

財源の確保
オークション導入により、気候変動対策のための新たな歳入源を確保できる。

直面する課題

価格の不安定性
景気変動などにより排出枠価格が乱高下し、企業の投資計画に不確実性をもたらす場合がある。

カーボンリーケージ
規制の厳しい国から、規制の緩い国へと産業拠点が移転してしまうリスクがある。

分配の公平性
制度設計次第ではエネルギー価格の上昇を招き、低所得者層に過度な負担を強いる「逆進性」が生じる恐れがある。

政治的な困難
産業界からの反発等により、科学的に必要な水準までキャップを厳しく設定することが政治的に困難なケースがある。

In English: What Is an Emission Allowance?

Carbon pricing broadly follows two approaches: a bottom-up “credit,” which certifies emission reductions or removals achieved by an individual project after the fact, and a top-down “emission allowance,” under which a government or regulator sets an overall emissions cap and allocates the right to emit within that cap. An emission allowance is a permit issued by a government or regulator; each allowance entitles its holder to emit one tonne of CO2 (or its equivalent).

Allowances are the backbone of cap-and-trade systems, often explained through a fishing-quota analogy: a regulator sets a total allowable catch (the cap), issues permits totaling that amount, and lets fishers trade surplus or shortfall permits among themselves. The same logic applies to emissions — the aggregate cap is never exceeded, while individual compliance is left to the market. Unlike credits, which certify reductions after the fact, allowances are rights created up front by a legally binding cap.

Cap-and-trade systems built on allowances matter for four main reasons: they guarantee an environmental outcome because the cap is legally binding; they can generate public revenue when allowances are auctioned rather than given away for free; they let abatement happen wherever it is cheapest, minimizing the total cost to the economy; and large systems such as the EU ETS create cross-border effects, including pressure on trading partners through mechanisms like the EU’s Carbon Border Adjustment Mechanism (CBAM).

As of July 2026, several developments are reshaping the landscape. The EU’s CBAM entered its definitive, compliance phase on January 1, 2026, following a 2023–2025 transitional period, covering cement, iron and steel, aluminium, fertilisers, electricity and hydrogen. Free allocation under the EU ETS continues to shrink as auctioning expands: aviation moved to full auctioning by 2026, and less-exposed industrial sectors are set to phase down free allocation from a maximum of 30% to zero by 2030. The EU’s new ETS2, covering fuel combustion in buildings and road transport, has been postponed from 2027 to 2028 amid concerns over energy affordability. In Japan, the GX-ETS emissions trading scheme became mandatory for large emitters starting fiscal year 2026, with full allowance allocation to follow from FY2027. System linking also continues — Switzerland’s ETS has been mutually linked with the EU ETS since January 2020, allowing allowances from either system to be used for compliance in the other.

Challenges remain — price volatility, carbon leakage, and the regressive impact of higher energy costs on lower-income households — but allowance-based cap-and-trade remains one of the most widely adopted policy tools for delivering both certain environmental outcomes and public climate finance.

まとめ

排出枠は、政府が排出量に上限を課すトップダウン型の規制ツールであり、排出する「権利」を許可証として発行する仕組みである。削減「実績」を認証するクレジットとは根本的に異なる。

その最大の強みは、環境目標達成の「確実性」と、オークションによる「公的資金の創出能力」にある。2026年にはEUのCBAMが本格運用に入り、日本でもGX-ETSが本格稼働を始めるなど、パリ協定の下で各国が削減目標を引き上げる中、排出枠を基本とする排出量取引制度は、今後ますます重要な政策手段となるだろう。

制度をいかに野心的かつ公平に設計・運用できるか、特にオークション歳入をどう活用するかは、その国の気候変動対策および公正な移行への本気度を測る重要な指標となる。

より簡潔な一文定義は「排出枠|クイック解説」にまとめている。

カーボンクレジット.jp 編集部
カーボンクレジット.jp編集部|2023年末に当時日本初かつ唯一のカーボンクレジット専門情報メディアを立ち上げ。高度な専門性とわかりやすさを追求した翻訳力。