シンガポールとタイの両政府は2026年3月31日、カーボンクレジット協力に関する二国間実施協定に基づくプロジェクト申請の受付を開始した。
シンガポール通商産業省(MTI)が公式発表したもので、シンガポールにとって第5回目の申請公募にあたり、ASEAN加盟国を対象とした初の案件となる。
両国は2025年8月、パリ協定6条に整合したカーボンクレジット協力に関する実施協定に署名した。同協定は、国境を越えた高品質な対応調整済みカーボンクレジットの移転に関する法的拘束力のある枠組みを確立するものである。とりわけ、両国の国家目録における排出削減のダブルカウントを防止する仕組みを中核に据えている点が特徴的だ。
対応調整済みカーボンクレジットは、パリ協定6条2項が規定する国際移転対応クレジット(ITMO)に相当する概念であり、移転国・受領国いずれにおいても重複計上されないよう調整が施されたカーボンクレジットを指す。
本実施協定のもとで申請可能なプロジェクトは、国際的に認められた複数の基準に準拠した方法論の活用が認められている。対象基準はゴールドスタンダード(Gold Standard)、ベラ(Verra)、グローバル・カーボン・カウンシル(Global Carbon Council、GCC)、そしてREDD+プログラムを包含し、農業・再生可能エネルギー・廃棄物管理など幅広いセクターに対応する。
審査プロセスは三段階で構成される。第一段階は初期コンセプトノートの提出、第二段階は第三者審査機関による検証を経たプロジェクト設計書(PDD)の提出、そして第三段階はカーボンクレジット発行後に対応調整を実施する最終ステップである。両政府はローリングベースで申請を共同審査する。
発行されたカーボンクレジットは、シンガポールの国際カーボンクレジット枠組みのもと、同国を拠点とする炭素税納税義務企業が課税排出量の最大5%を相殺するために活用できる。また、各国の拘束力ある国家気候目標の達成にも充当可能とされる。
ネット排出削減への実質的なコミットメントを担保する措置として、シンガポールは発行時に対応調整済みカーボンクレジットの2%を無効化(キャンセル)する。キャンセルされたカーボンクレジットは、売買・取引・いかなる国の気候目標への計上も不可となる恒久的な措置である。
シンガポールはこれまでに、パプアニューギニア(Papua New Guinea)、ガーナ(Ghana)、ブータン(Bhutan)、チリ(Chile)、ペルー(Peru)、ルワンダ(Rwanda)、パラグアイ(Paraguay)、ベトナム(Vietnam)、モンゴル(Mongolia)の9カ国との実施協定に署名済みであり、タイとの締結で計10カ国となった。
「代替エネルギーに不利な国家であり、国内緩和ポテンシャルが限定的」と自認するシンガポールにとって、国際カーボンクレジット市場への参画は2050年ネットゼロ目標達成の根幹をなす戦略的柱として位置付けられている。
シンガポールがパリ協定6条2項の実施協定をASEAN域内に初めて拡張したことは、同地域における炭素市場ハブとしての地位確立を着実に加速させるものである。
日本は二国間クレジット制度(JCM)を通じてアジア各国との対応調整メカニズムを先行構築してきたが、シンガポールが炭素税制度と国際カーボンクレジット調達をシームレスに接続するアーキテクチャを整備したことで、企業の調達先選択肢が多様化している。
JCMの活用実績を持つ日本企業にとって、タイなどASEAN市場における対応調整済みカーボンクレジットの調達・活用戦略の再点検が急務となろう。