モロッコとノルウェーは2026年5月5日、パリ協定6条2項に基づく二国間カーボン市場協力協定に調印した。協定期間は2026年から2036年までの10年間で、約2GWの再生可能エネルギー(蓄電池を含む)導入を支援し、2030年までに最大1,000万トンCO2の排出削減を目指す。
調印したのはモロッコのライラ・ベナリ(Leila Benali)エネルギー転換・持続可能開発大臣と、ノルウェーのアンドレアス・ビェランド・エリクセン(Andreas Bjelland Eriksen)気候・環境大臣である。
本協定の資金メカニズムの中核を担うのは、GBI(Generation-Based Incentive)と呼ばれる発電量連動型の成果支払いスキームである。発電された電力単位ごとに支払いが行われる仕組みで、財務的に成立しづらいモロッコのクリーンエネルギー案件にノルウェー側の気候資金を充当する設計となっている。
生成されたITMOは両国のNDC達成に充当される。ノルウェー側が資金を拠出し、モロッコ側が再エネ容量を確保したうえで、削減成果を国際移転する6条2項の典型的な構造である。
本件はモロッコにとって、既に締結済みのスイス・シンガポール・韓国に続く4本目の6条2項協定となる。アフリカ大陸の中でモロッコは6条2項のホスト国としての地位を急速に固めつつある。
モロッコのNDC 3.0は2035年までにGHG排出量を53%削減する目標を掲げ、2030年までに再エネ発電容量15GW超、電力構成における再エネ比率50%を見込む。6条2項を介した海外資金はこの拡大計画の補完財源と位置づけられている。
買い手国の側では、ノルウェーは化石燃料収入を背景に政府主導の海外緩和投資を加速させており、欧州における6条2項の主要バイヤー国の一角を占める。
GBI方式のような発電量連動型の支払いスキームについては、追加性の論証可能性をめぐる論点が残る。系統に接続される再エネ電力は補助金・FIT・PPA等の既存の経済的インセンティブと並走するケースが多く、ITMO発行に必要な「6条2項の支援がなければ実現しなかった」という反実仮想の精緻な設計が求められる。
もっとも、本協定が対象として明示するのは「財務的に複雑または収益性が低い案件」であり、補助金が届きにくい領域に絞り込む設計意図は読み取れる。
懐疑的な見方からは、系統への上乗せ性が立証されない限り、回避系カーボンクレジットの品質要件を満たし得ないとの指摘もある。一方、6条2項は本来主権国家間の合意に基づくクレジット移転を許容するスキームであり、ボランタリーカーボンクレジット市場の品質基準と完全に同一の議論で評価するのは適切でないとの整理も成り立つ。
本件は、6条2項市場が個別実証段階から主要ホスト国を軸とした集約段階へと移行しつつあることを示す事例である。
モロッコは4カ国とのポートフォリオを構築し、6条2項の供給国として制度的・商業的に確立された地位を獲得した。買い手側でも、ノルウェーは化石燃料セクターの収益を海外緩和投資に転用する産油国型の気候ファイナンスモデルを実行に移している。供給側がアフリカ、買い手側が欧州・東アジアという6条2項市場の地理的構造は、本協定でさらに鮮明化した。
GBI方式の追加性をめぐる論点は残るが、本件は6条2項が主権国家間スキームとして独自の品質基準と運用ロジックを確立していく過程の一断面と捉えるのが妥当である。ボランタリーカーボンクレジット市場の方法論的厳格性とは別の評価軸で読むべき段階に入った。