インドネシアのエネルギー鉱物資源省(ESDM)は2026年5月18日、エネルギー部門の温室効果ガスオフセットを通じたカーボンクレジット取引に関する大臣規則案の公開協議を開始した。同省新エネルギー・再生可能エネルギー・省エネ総局(EBTKE)のエニヤ・リスティアニ・デウィ(Eniya Listiani Dewi)総局長が冒頭で趣旨説明を行い、関係省庁、エネルギー事業者、検証認証機関、学識経験者、開発パートナー、国際機関が参加した。
規則案は、エネルギー部門におけるGHGオフセット取引の法的枠組みを定めるもので、年間最大77億ドル(約1兆1,700億円)規模のグリーン投資動員を見込む。2060年またはそれ以前のネットゼロ達成と、NDC(国が決定する貢献)目標達成を支える柱と位置づけられる。
エニヤ総局長は、2030年に向けた31.89%の自力削減目標、国際支援込みで43.20%の削減目標に加え、第二次NDCではエネルギー部門のネット排出を2035年に11.10億〜13.36億トンCO2eに設定したと説明した。エネルギー部門が国家排出削減の中核を担うとの位置づけを明確にし、規則案を低炭素プロジェクトへの経済的インセンティブ供給と新規資金アクセスを開く戦略的手段と説明した。
規則案実装の透明性と説明責任を担保するため、ESDMは複数のデジタル基盤を整備している。エネルギー部門の緩和行動報告プラットフォームAKSELERASI、省エネルギー報告・監視の統合プラットフォームSINERGI、電力サブセクターの排出報告プラットフォームAPPLE Gatrikの3つを連携させ、炭素単位登録システム(SRUK)の運用基盤とする。SRUKはカーボンクレジットの所有権追跡、削減実績の検証、二重計上の防止を担う中核インフラとなる。
エニヤ総局長は公開協議で、オフセット設計、省庁間調整、大臣規則の実装支援、部門横断的な炭素経済価値(NEK)政策との整合という4点を重点項目として挙げた。
今回のエネルギー部門規則案は、2025年以降のインドネシアによる連続的なカーボン市場制度構築の一段階として位置づけられる。上位法たる大統領令110号/2025は炭素経済価値の制度を整理し、NDC達成を待たずに国内外のボランタリーカーボンクレジット取引を解放した。続く林業省規則6号/2026は、林業カーボンを固定割当方式から高品質プロジェクトベースのオフセットへ転換した。今回のエネルギー部門規則案は、この流れを企業排出側に拡張するものである。
加えて、金融庁(OJK)はIDX Carbonプラットフォームへのブロックチェーン統合計画を公表しており、国際買い手向けの透明性確保を強化する方向にある。大統領令、セクター別規則、取引基盤の三層が並行して整備される構図となっている。
インドネシアは森林・泥炭・再エネポテンシャルの規模からArticle 6.2に基づく国際的に移転される緩和成果(ITMO)の主要供給国候補とされてきた。今回のエネルギー部門規則案は、ホスト国側の登録・MRV基盤と国際取引のインターフェース整備の側面を持つ。SRUKがArticle 6.2の対応調整(コリスポンディング・アジャストメント)に耐える設計となるかが、ITMO供給国としての信頼性を左右する論点となる。
もっとも、規則案は依然として協議段階であり、MRVの厳格性、検証機関の能力、二重計上防止のテクニカルな実装、77億ドル投資目標の積算根拠の妥当性については外部からの精査が続く局面にある。
本件は単独のニュースとして読むのではなく、大統領令110号/2025、林業省規則6号/2026、今回のエネルギー部門規則案、IDX Carbonのブロックチェーン統合計画という一連の制度構築シーケンスの中で評価する必要がある。
インドネシアはホスト国側のインフラ整備を一段ずつ重ねることで、Article 6.2のITMO供給国としての制度信頼性を構築している段階にある。
JCMパートナー国として日本企業の関与経路を持つことを踏まえれば、規則案のMRV要件、検証機関認定基準、SRUKと日本側登録簿との接続仕様は早期に確認すべき領域となる。77億ドルという年間投資動員目標の規模感だけでなく、その背後にある制度設計の精度が、ボランタリーカーボンクレジット市場における「インドネシア品質」の評価を左右する。