ネイチャーリストレーション専門の英国企業ナタガル(Nattergal)と、企業と気候・自然関連投資をつなぐプラットフォームを運営するアースリー(Earthly)は、第三者検証を経たボランタリー生物多様性クレジットを市場投入するため、提携を正式に開始したと発表した。
両社の取り組みは、英リンカンシャー州にあるナタガルの主力リワイルディング拠点「ブースビー・ワイルドランド(Boothby Wildland)」から始動する。
カーボンクレジット市場が炭素除去(CDR)を中心に発展してきたなか、本提携は生物多様性そのものを直接資金化する仕組みを実装する点で、自然由来カーボンクレジットおよび自然に基づく解決策(NbS)の隣接領域として注目される。
ブースビー・ワイルドランドは、英国でも特に集約農業が行われてきた地域の旧穀物耕作地(Grade 3農地)617ヘクタールを、湿地、草地、低木林、森林が混在する動的なランドスケープへ再生する事業である。再生は、ビーバーの再導入を含む自然プロセスの復活を主軸とし、ナップ(Knepp)のリワイルディング手法に着想を得た最小限の生態学的「キックスターター」によって支援される。
注目される特徴は次の3点に集約される。
英国最大規模のビーバー保護区
200ヘクタールを超えるビーバー囲い込み地は、現在英国内で稼働中の同種事業として最大規模であり、ビーバーがもたらす河川流域の水文変化はキーストーン種としての波及効果を保護区外の周辺生態系にも及ぼす。
コミュニティ・コベネフィットの厚み
21キロメートルの遊歩道、週次ボランティアデー、英国スカウト連盟との連携、地元学校の見学受け入れなど地域社会との接続が極めて強く、アースリーのマーケットプレイス上の全生物多様性クレジット案件のなかでコミュニティ・コベネフィットスコアが最高値を獲得した。
30年以上の法的永続性担保
英国都市・農村計画法に基づく「セクション106協定」により、当該土地は最低30年間、自然のための用途に法的に拘束される。これは持続可能性開示が要求する永続性要件を実質的に担保する仕組みであり、自然関連クレジットの品質評価において重要な意味を持つ。
ブースビー・ワイルドランドの評価には、アースリーが独自開発した「キーストーン3.0(Keystone 3.0)」が用いられた。同フレームワークは、炭素、生物多様性、人(コミュニティ)の3軸でプロジェクトを評価する手法であり、AIによる事前スクリーニング、衛星モニタリング、水文系への重点配分を組み込んでいる。ブースビーは10点満点中8.16点を獲得した。
アースリーによれば、同社のスクリーニングを通過するプロジェクトは全体の8%にとどまり、92%は基準を満たさず却下される。ブースビーはこの上位8%に位置するプロジェクトとして検証を完了した。地域社会との関わり、生物多様性モニタリング、二酸化炭素の隔離、水文系の回復など、ナタガルの活動の各セグメントは外部第三者によって独立に監査・検証されている。
本件をめぐっては、一部報道で「炭素除去(CDR)クレジット」と「生物多様性クレジット」の用語が混在して紹介されている。アースリーおよびナタガルの一次情報を確認する限り、今回市場投入される商品はあくまでボランタリー生物多様性クレジットであり、カーボンクレジットではない。生物多様性クレジットは、生態系の回復という非炭素アウトカムを取引可能な単位に変換する仕組みであり、カーボンクレジットとは別個の資産クラスとして設計されている。
ただし、ブースビーのような自然回復事業は土壌や植生を通じた炭素隔離も同時に生み出すため、将来的に同一サイトから自然由来カーボンクレジット(除去系・自然由来)と生物多様性クレジットが並列して創出される可能性は十分にある。その際、両者の分離計上によるダブルカウントの回避と、追加性、永続性、測定・報告・検証(MRV)の整合性の確保が、市場拡大の鍵を握る。
ボランタリー生物多様性クレジット市場は、過去にボランタリーカーボンクレジット市場が直面したベースライン設定の妥当性をめぐる論争やグリーンウォッシング批判の教訓を踏まえる必要がある。アースリーが強調する厳格なデータ検証、明確なベースライン、透明性の高い報告は、こうした歴史的課題への明確な対応として位置づけられる。
英国では2024年から開発事業に対して10%以上の生物多様性向上を法的に義務付ける「生物多様性ネットゲイン(BNG)」制度が施行されており、ボランタリー生物多様性クレジットはこの法定枠組みを補完する民間主導のメカニズムとして発展しつつある。