2029年までに対象水田を約40,000haへ拡大、農業分野初の民間JCMとして登録見通し
クボタ、クレアトゥラ、東京ガスの3社は2026年3月5日、フィリピン・パンガシナン州の水田を対象に実施してきた二国間クレジット制度(JCM)プロジェクトについて、共同実証の成果を踏まえて本格事業化フェーズへ移行することで合意したと発表した。
対象水田面積は2025年末時点で約14,000haに達し、間断灌漑(AWD)を活用した民間JCMプロジェクトとしてASEAN地域の農業分野で最大規模となっている。
本プロジェクトが採用する間断灌漑(AWD)は、稲作期間中に水田の湛水と乾燥を交互に繰り返す水管理技術である。常時湛水状態では嫌気条件下のメタン生成菌が活発化するが、断続的な落水によって土壌への酸素供給を増やすことでその活動を抑制できる。国際農研の知見によれば、AWDにより水田由来のメタン排出量を平均45%、灌漑用水使用量を最大30%削減できるとされる。
温室効果ガス(GHG)の観点からこの削減幅が持つ意義は大きい。メタンはCO2の28倍の地球温暖化係数(GWP)を有し、稲作の盛んなフィリピンでは全産業GHG排出量の約20%が水田由来のメタンと推定されているためだ。AWDの広域普及は、農業セクターにおけるパリ協定目標達成への寄与として直接評価される。
3社連携の技術的中核を担うのが、クレアトゥラが開発したデジタル測定・報告・検証(dMRV)プラットフォーム「LynxAWD」である。AIと衛星データを組み合わせた水位判定機能に加え、オフライン環境でも運用可能な写真撮影アプリを活用することで、約10,000軒の参加農家それぞれの区画レベルでのモニタリングを省力化しつつ透明性を確保している。
カーボンクレジットの品質担保において測定・報告・検証(MRV)の厳格性は追加性・永続性と並ぶ根幹要件であり、大規模農業プロジェクトではとりわけその実装コストが障壁となりやすい。LynxAWDによるデジタル化は、この課題を解決する方法論上の革新として位置付けられる。
現在、プロジェクトは第三者機関による検証の最終段階にあり、日比両国政府代表者で構成するJCM合同委員会の承認を経て、農業分野初の民間JCMプロジェクトとして正式登録される見通しだ。プロジェクト期間は2023年9月から2036年12月までの長期にわたる。
対象面積は2029年までに約40,000haへ拡大する計画であり、JCMカーボンクレジットの安定的な創出・供給体制の構築が見込まれる。タイミングとして重要なのは、GX-ETSが2026年度から本格始動することだ。一定排出量を超える企業に対し排出枠を割り当て、過不足分の取引を義務付けるGX-ETSでは、JCMカーボンクレジットが活用可能な削減手段として機能しうる。東京ガスが「オフセットも重要な手段としてお客さまに提供する」と明言していることからも、同社がJCMクレジットをGX-ETS対応の供給側ソリューションとして位置付けていることは明らかである。
本プロジェクトはカーボンクレジット創出にとどまらず、農家向けトレーニング(種子選定、土壌管理、施肥・病害虫対策など)の実施と、カーボンクレジット収益の一部を現地に還元するコベネフィット(Co-benefit)型のベネフィットシェアリング機構を備える。現地灌漑局等との密接な連携とともに、こうした多層的な便益設計が約10,000軒という大規模農家参加を実現した要因とみられる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 期間 | 2023年9月〜2036年12月(実証期間含む) |
| 場所 | フィリピン共和国 パンガシナン州 |
| 現在の水田面積 | 約14,000ha(2025年末時点) |
| 目標面積(2029年) | 約40,000ha |
| 参加農家 | 約10,000軒 |
| 削減効果 | メタン排出量平均45%削減、灌漑用水最大30%削減 |
GX-ETSの本格始動を2026年度に控え、国内の排出量削減手段としてのJCMカーボンクレジット需要は今後急速に高まると予想される。
本プロジェクトが示す「dMRVによる大規模農業プロジェクトの成立モデル」は、フィリピン以外のASEAN稲作国への横展開可能性を持つ点で産業的意義が大きい。また、クボタの農業機械ネットワーク、クレアトゥラのAI・dMRV技術、東京ガスのカーボンクレジット供給・販売チャネルという三者の機能分担は、日本企業がアジア農業分野のカーボンクレジット創出を主導するための再現性の高いアーキテクチャである。
GX-ETS対応を検討する国内排出事業者にとって、JCM農業クレジットの調達先として本プロジェクトの進捗を継続的に注視することが求められる。