イネオス・アセチル(INEOS Acetyls、英コングロマリット・イネオス・グループ(INEOS Group)の事業会社)と米ヒューストンのサンドパイパー・ケミカルズ(Sandpiper Chemicals)は2026年4月29日、米テキサス州テキサスシティに年産110万トンのブルーメタノール製造施設を共同開発すると発表した。総投資額は17億ドル(約2,670億円)で、2030年の商業運転開始を目指す。
施設はイネオスの既存テキサスシティ拠点内に建設される。原料は天然ガスで、CCSによりプロセスCO2排出の97%を回収する設計を掲げる。年産110万トンのうち最大30万トンをイネオスが酢酸製造の原料として引き取り、残量を外販する構造である。イネオスはアンカー顧客であると同時に出資者としても参画する。
スケジュールは2026年第2四半期にFEED(基本設計)、2027年に最終投資判断(FID)、2030年初出荷を予定する。建設ピーク時に1,500人、運転開始後の常勤雇用は25人にとどまる見込みである。サンドパイパーにとって3件目のメタノール案件であり、米国における初期段階のブルーメタノール案件の一つに位置づけられる。
サンドパイパーCEOのピーター・ナサブ(Peter Nassab)は声明で、テキサスシティの「世界水準のインフラ、メキシコ湾岸の立地優位、人材の厚み」が大規模案件に適していると述べた。イネオス・アセチル事業ディレクターのデクラン・シーリー(Declan Sealy)は、サステナブル燃料市場の急成長を踏まえ「最前線に位置取りできる」とコメントした。
世界のメタノール需要は年間1億トン超で推移し、低炭素品種の需要は今後10年で大きく拡大すると見込まれている。ドライバーは2方向ある。第一に海運分野で、IMO規制対応の代替燃料としての採用拡大。第二にメタノール・トゥ・オレフィンやメタノール・トゥ・ジェット等、化学・航空原料用途の拡張である。
ただし、ブルーメタノールが海運燃料市場で享受しうる規制上のメリットは流動的である。IMO(国際海事機関)は2025年4月のMEPC(海洋環境保護委員会)第83回会合でネットゼロフレームワーク(IMO Net-Zero Framework)の草案を承認したが、採択は2025年10月から2026年10月へと延期されている。これは第二次トランプ政権の外交圧力やサウジアラビアの反対が背景にあると伝えられている。
枠組みの核は、燃料のWell-to-Wake(生産・採掘から燃焼まで)GHG強度を段階的に絞り込み、ZNZ(ゼロ・ニアゼロ)燃料に報奨を付与する設計にある。報奨対象は「ニアゼロ」ライフサイクル排出に限定される方向で、LNG等の移行燃料を実質的に排除しうる構造との指摘もある。Well-to-Wake算定の換算係数は2026年第2四半期に確定見込みであり、本案件のFEEDフェーズと並走することになる。
天然ガス改質に依拠するブルーメタノールは、プロセス排出97%回収という公称値と、上流メタン漏洩を含むWell-to-Wake実効値との間に乖離が生じうる点が論点となる。この乖離が報奨制度上の処遇を決定づける。一方で、規制報奨の有無に関わらず、化石メタノールに対する相対的低炭素性そのものが荷主の調達基準に評価されるとの見方もある。
テキサスシティはメキシコ湾岸の主要海運レーンに近接し、深水港アクセスを備える。輸出指向のメタノール供給拠点として地理的優位性を持ち、ガルベストン郡および同州への税収貢献も期待される。
本件は2024〜2025年に北米・中東で相次いだブルーメタノール案件の延長線上にあり、技術・規模面での新規性は限定的である。むしろ注視すべきは、2026年10月のIMOネットゼロフレームワーク採択判断とWell-to-Wake算定係数の確定値である。
閾値設計次第でブルーメタノールとグリーン(再エネ由来)メタノールの価格・需要構図は一変しうる。日本の海運大手、商社、メタノール需要家にとっては、複数調達源の確保と並行し、IMO規制動向に連動する長期オフテイク契約条項(規制連動価格・解除条項等)の設計こそが当面の実務論点となる。