カーボンクレジット調達プラットフォーム運営のSenken(センケン)が、格付け機関のSylvera(シルベラ)と共同で、DAX40企業39 社のFY2025 CSRD開示を独立分析したレポート「Buying Blind?」を5月13日に公表した。CSRD ESRS E1-7に基づく開示の実証分析としては、初の包括調査となる。
主要な発見は3点である。
プロジェクト識別子(ID)を開示した企業はゼロ。報告された484 万トンのうち45%にあたる217 万トンが公開情報から特定プロジェクトに紐付けられない。独立評価対象となった90 プロジェクトのうち57%がSylvera格付けでBBB未満となり、その大半はICVCMがコアカーボン原則(CCP)審査で不承認とした方法論カテゴリーに属する。
レポートはESRS E1-7にプロジェクトレベル開示(識別子・国・ヴィンテージ・方法論・サプライヤーの5フィールド)を要求する条項追加を、FY2026サイクルに向けて提言している。
調査対象はDAX40のうち2026年4月1日時点でFY2025 CSRD報告書を公表していた39 社(QIAGENは未公表)。このうちカーボンクレジット購入実績を報告したのは21 社、合計484 万トン。残る18 社はカーボンクレジット使用なしを明示している。
報告量上位はBayer(バイエル)104 万トン、DHL Group 80 万トン、Volkswagen(フォルクスワーゲン)68 万トン、Mercedes-Benz(メルセデス・ベンツ)60 万トン、Airbus(エアバス)40 万トンと続く。構成は除去系(removal)23%、削減・回避系77%。DHL、Volkswagen、Daimler Truck、Brenntag等10 社は除去系比率がゼロである。
39 社すべてがESRS E1-7に準拠している。にもかかわらず、プロジェクトIDを開示した企業はゼロだった。
Senken分析チームは7つの公開レジストリ(Verra、Gold Standard、ACR、CAR、Puro.earth、EcoRegistry、Global C-Sink Registry)と企業ウェブサイト、ブローカー資料を横断的に検索し、報告量の55%を特定プロジェクトに紐付けた。残る45%(217 万トン)は、いかなる公開情報からも追跡できない状態にある。
何らかの追加開示を行った企業は21 社中6 社にとどまる。Bayer、DHL Group、Commerzbank(コメルツ銀行)、Scout24(スカウト24)の4社が自主開示、SAPとDeutsche Bank(ドイツ銀行)の2社はカリフォルニア州AB 1305に基づく開示義務として個別プロジェクトを公開している。
評価対象となった90 プロジェクトのうち57%がSylvera格付けでBBB未満となった。VerraやGold Standardの認証を取得していてもAAからDまで格付けが分布しており、認証ラベルは品質の代理指標として機能していない。
象徴的なケースとして3件が挙げられている。
GEA(30,546 トン)は100%がGold Standard認証で追跡可能性も100%、開示姿勢も適切である。しかし調達した単一プロジェクトは、ICVCMが2024年に追加性欠如で不承認とした方法論カテゴリーのベトナム風力案件であった。
Beiersdorf(バイヤースドルフ、16 万トン)は調達量の98.5%がVCS1468 Northern Kenyaに集中しており、同プロジェクトはVerraが2023年・2025年の2回にわたり先住民権利問題で活動停止措置を講じた経緯を持つ。
DHL Groupは自社サイトでGold Standardプロジェクトを全件公開する開示先進企業だが、80 万トンの構成はクックストーブ・安全な水・風力が中心で、ほぼ全件がBBB未満となっている。
プロジェクト種別ごとの平均格付では、バイオ炭・CDR系がA、AFOLU・森林系がBBB、エネルギー効率がBBB、再生可能エネルギーがC、太陽光・風力がCである。BBB未満ボリュームの大半は、ICVCMがCCP審査で不承認とした方法論カテゴリーに集中している。
SAPは同一購入分について両制度に開示しており、要求情報の落差を浮き彫りにする実例となる。
ESRS E1-7開示で得られるのは、237,000 トンの償却量、除去48%・削減52%の構成、認証規格名(Verra、Plan Vivo、MoorFutures、Gold Standard)、EU比率13%という総量レベル情報にとどまる。一方AB 1305開示では、VCS1067 Tambopata REDD+(ペルー、GoodCarbon経由)、VCS2609 Kuamut Rainforest(マレーシア、Removall経由)、MoorFutures Peatland rewetting(ドイツ、First Climate経由)、Plan Vivo Reforestation(ニカラグア、Zero Imprint経由)、GS5107 Cookstoves(ペルー、Livelihoods Fund経由)の5プロジェクトが全件特定されており、独立評価ではSAPポートフォリオのSylvera格付けは多数がAまたはAAとなる。
提言が求める追加5フィールド(識別子・国・ヴィンテージ・方法論・サプライヤー)は、購入時点で企業の調達記録に既に存在する情報である。AB 1305対象企業に追加負担が発生していないという事実が、技術的容易性の証左とされる。
もっとも、Sylvera自身が共著しており、自社格付けフレームワークのBBB閾値を「信頼性の最低ライン」として議論を組み立てている点には構造的バイアスがあり、ICVCM CCP の確定やほかの格付け機関との整合性は引き続き論点として残る。
レポート末尾でSylveraが開示した2026年第1四半期市場データは、開示透明性の議論と並行する市場構造の変化を示している。
投資適格級(BBB+)クレジットの平均価格は1トン20.10 ドル(約3,176 円)。前年同期の18.10 ドル(約2,860 円)から上昇した。一方でB格は1トン7.80 ドル(約1,232 円)、前年の8.50 ドル(約1,343 円)から下落している。格付け対象市場におけるBBB+クレジット占有比率は2023年の31%から62%へと拡大した。CORSIA対応クレジットは新規発行量の約50%を占め、CCPプレミアムは2023年以降2倍超に達している。
バイヤー側でも品質シフトが進行している。英国バイヤーの高評価クレジット比率は2022年の37%から2026年第1四半期には85%に上昇し、米国・カナダのバイヤーも同期間に21%から68%へと改善した。
調達地理の偏りも顕著である。DAX40調達のEU域内プロジェクト比率は0.9%にとどまる。EU調達を行っているのはMTU Aero Engines(66.7%)、SAP(13%)、Airbus(1.6%)、Deutsche Telekom(0.9%)の4社のみで、残る17 社のEU調達はゼロ。EUがCRCFを通じて国内のCDR市場を整備する方針との乖離が浮き彫りとなっている。
ESRS E1-7に5フィールドを追加するだけでカーボンクレジット開示の検証可能性が確保される、というSenken・Sylveraの提言は技術的に正当であり、FY2026サイクルに向けた制度改正は急務と評価する。データは購入時点で企業内に存在し、AB 1305が示すとおり追加負担は発生しない構造である。
ただし、改正を待つことが戦略的に劣位であることもレポートが同時に示す事実である。
Bayer、DHL Group、Commerzbank、Scout24の4社は規制圧力なしに自主開示を実行しており、AB 1305対象のSAP・Deutsche Bankと併せ、開示先進企業群は既に外部検証に耐える状態を構築している。品質プレミアム拡大期にあって、プロジェクトレベル粒度の自主開示と独立格付けの調達プロセス組込みは、規制対応というよりも品質収斂局面の競争戦略として位置付けるのが合理的である。
参考:https://www.senken.io/blog/buying-blind-dax40-csrd-disclosures