オーストラリア土地保全アライアンス(ALCA, Australian Land Conservation Alliance)は2026年3月、同国で初となる生物多様性支出の全国集計ツール「ネイチャー・スペンド・トラッカー(Nature Spend Tracker)」を公開した。
その結果は厳しいものであった。オーストラリアが年間に投じている自然保護・修復関連の支出は約15億豪ドル(約1,673億円)に過ぎず、専門家が示す必要額の6分の1以下にとどまることが明らかになった。
本トラッカーは連邦・州・準州政府、民間、フィランソロピー(慈善)セクターの支出を単一の反復可能なベースラインとして統合した、オーストラリア初の体系的ツールである。シアン・ベンチャーズ(Cyan Ventures)との共同開発によるもので、自然保護・修復・管理に直接充当された資金のみを対象とし、生物多様性がコベネフィット(Co-benefit)として間接的に享受される取り組みは対象外としている。
ALCAのネイチャー・ファイナンス・リードを務めるメル・カトラー(Mel Cutler)は、現行の支出水準を次のように評した。
「オーストラリアが環境へのダメージを保護・修復するだけで、年間約83億豪ドル(約9,255億円)が必要だ。それに対し、連邦政府は自然に有害な補助金に年間263億豪ドル(約2兆9,325億円)を支出している。つまり、自然を守るより壊す方向に17倍以上の資金を使っていることになる」
このギャップは、気候変動対策と自然保護を統合する観点から見ても重大である。生態系の劣化は炭素吸収源(カーボンシンク)の損失と直結し、ネットゼロ目標の達成を困難にする。
主な支出構成は以下のとおりである。
本調査の公開は、オーストラリアで整備が進む「ネイチャー・リペア市場(Nature Repair Market)」の文脈と重なる。同制度は民間投資を環境修復に誘導するもので、機能的には生物多様性クレジットの流通市場として位置づけられる。
シアン・ベンチャーズのマネージング・パートナー、ションCハウ(Shaun Chau)は、「自然投資のトラッキングには標準的な定義が存在せず、データも断片的だった。このトラッカーはその透明性と一貫性をもたらす」と指摘した上で、「気候金融の経験が示すように、民間投資を解放しなければ、必要な規模の資金動員は不可能だ」と強調した。
気候金融との類比は示唆的である。ボランタリーカーボンクレジット市場が拡大した背景には、測定・報告・検証(MRV)の標準化と透明なレジストリ(登録簿)の整備があった。自然資本市場においても同様のインフラ構築が急務となっている。
同トラッカーは現時点で一定の限界も認めている。土地管理者による支出の一部は未報告のまま残っており、今後も政府・産業・フィランソロピー各セクターとの継続的な協働を通じてデータ精度を向上させていく方針である。
また、オーストラリアは2030年までに国土・海域の30%を保護する「30×30目標」を掲げており、同目標の達成には現行の5年間で約50億豪ドル(約5,575億円)規模の基金が必要と試算されている。
オーストラリアのネイチャー・スペンド・トラッカーが示す構造的な「資金ギャップ」は、日本企業にとっても対岸の火事ではない。