米シンクタンクのIRCR(Institute for Responsible Carbon Removal、アメリカン大学附属)は7月、EUの排出量取引制度(ETS)拡張に伴う将来収入を前倒し調達する資金枠のうち、5〜15%を技術由来CDRに専用配分すべきだとする分析を公表した。著者はカーボンフューチャー(Carbonfuture)のセバスチャン・マンハート氏(Sebastian Manhart)とラファエル・カリオ氏(Raphaël Cario)。前倒し資金枠は総額2000億ユーロ(約37兆円)規模が想定されており、この一部を技術由来CDRに振り向ければ、同額を10年遅らせて投資した場合と比べ2050年時点の除去能力に2.5倍の差が生じると試算している。
EUは2028年に建物・運輸部門を対象とするETS拡張分(ETS2)を稼働させる計画である。炭素価格が1トン55ユーロなら2026〜2032年に約2960億ユーロ(約55兆円)、100ユーロなら最大5340億ユーロ(約99兆円)の収入が見込まれる。仏シンクタンク、ジャック・ドロール研究所(Institut Jacques Delors)は2025年、ETS1とETS2の両方を保証財源とする欧州投資銀行(EIB)債で将来収入を前倒しし、2028〜2034年に最大2000億ユーロを調達する案を提示した。
この前倒し案を含め、これまで公表された枠組みのいずれも技術由来CDR向けの専用配分を設けていない。
IRCRは前倒し資金枠2000億ユーロの5%(100億ユーロ、約1兆8500億円)、10%(200億ユーロ、約3兆7000億円)、15%(300億ユーロ、約5兆5500億円)をCDRに配分する3シナリオを試算した。中心シナリオの10%では、2028〜2034年の投資で2034年時点に年間1810万トンの調達能力が生まれ、2050年には年間1億3680万トンまで拡大する。前倒しをしない場合の2050年到達量は年間5540万トンにとどまり、10%シナリオはその2.5倍の水準になる。
同じ200億ユーロを2038〜2044年に10年遅らせて投資した場合、2050年の到達量は年間1億20万トンにとどまる。IRCRの試算では、早期投資は2050年までの累積除去量で5億1200万トン多く、10年遅らせた場合は2050年時点の単位容量あたりコストが37%高くなる。
2050年に年間1億トンの除去能力を達成するための必要投資額も、早期投資なら146億ユーロ(約2兆7010億円)、10年遅らせた場合は200億ユーロ(約3兆7000億円)で、早期投資の方が27%少ない資金で同じ到達点に届くとしている。
雇用面では、除去量100万トンあたり350人の雇用原単位を用いると、10%シナリオの2050年時点の雇用規模は約4万7900人、前倒しをしない場合との差分は約2万8500人になるとIRCRは試算する。これは現在の欧州洋上風力産業の雇用規模(約4万7000人)に匹敵する水準である。2034年時点の産業規模は年間売上高で約37億ユーロ(約6900億円)と見積もられている。
もっとも、ETS2の収入基盤自体に政治的な不確実性が残る。ポーランドやチェコ、ブルガリアはETS2の延期や撤回を求めており、IRCRはこのリスクを踏まえ、前倒し枠が本来の4分の1にあたる500億ユーロ(約9兆2500億円)に縮小した場合の試算も別途示している。この場合でもCDR配分は成立し、早期投資の優位性は保たれるとしている。
IRCRは資金の交付形式について、補助金や政府調達、差額決済契約(CfD)、税額控除などいずれの手法も選択肢になりうるとし、特定の制度設計には立場を示していない。欧州委員会はCDRをEU ETSに直接統合する提案を2026年7月に示す予定だが、実施は早くても2031年以降になる見通しで、IRCRは、この空白期間を埋める手段として前倒し資金の活用を提案している。
技術由来CDRへの公的資金不足と前倒し調達を組み合わせる発想は、この数年繰り返し提起されてきた論点であり、IRCRの分析もその延長線上にある。
独自性があるのは、投資の時期を変数として2050年までの到達量や単位コストを具体的な数値に落とし込んだ点である。前倒し案自体はEIBやジャック・ドロール研究所の枠組みで既に動き出しており、そこにCDR配分比率という変数を加えたことで、ETS2をめぐる今後の政策論争に一つの参照点を提供する分析である。
参考:https://www.american.edu/sis/centers/carbon-removal/upload/au_frontloading-the-eu-ets-for-carbon-dioxide-removal.pdf