企業の気候変動対策は、自社の直接排出(Scope1,2)に加え、サプライチェーン全体の排出(Scope3)へと拡大しており、その責任の果たし方も進化している。従来型のカーボンオフセットに代わる、より積極的かつ本質的なアプローチとして注目されるのがカーボンインセッティング(Carbon Insetting)である。
本稿では、国際開発と気候変動ファイナンスの視点から、インセッティングがいかにしてバリューチェーンそのものを変革し、開発途上国のパートナーのレジリエンスを高め、公正な移行を伴う実質的な資金動員を実現する戦略であるかを解説する。
カーボンインセッティングとは、「企業が自社のバリューチェーン(供給網)の『内部』で発生する温室効果ガスを削減するために、その領域内で直接、排出削減・吸収プロジェクトに投資し実行すること」を指す。
最も重要な点は、カーボンオフセッティング(Carbon Offsetting)との相違である。
インセッティングは、企業のサステナビリティ戦略を名実ともに進歩させる画期的なアプローチである。
多くの企業において排出量の大部分を占めるのは、自社の活動に関連する他社の排出であるScope3である。インセッティングは、管理が困難なScope3に対し、サプライヤーと協働して直接削減を行うための最も効果的な手段である。
気候変動は干ばつや洪水などを通じ、特に途上国の農産物サプライヤーへ深刻な影響を及ぼす。インセッティングを通じてリジェネラティブ農業などを支援することは、サプライヤーの適応能力を高め、長期的かつ安定した調達を可能にし、自社の事業リスク低減につながる。
インセッティングは、企業からサプライチェーン末端の途上国小規模生産者への、直接的な資金・技術移転のチャネルとなる。これは彼らの生計向上や持続可能な生産手法への移行を支援するものであり、サプライヤーを一方的に切り捨てるのではなく、共に成長していく「公正な移行」の精神を具現化するものである。
実態との乖離が指摘されがちなオフセットとは異なり、インセッティングは自社事業と直結した具体的な変革活動である。そのため、投資家や消費者に対し、透明性が高く信頼できる気候変動対策として説明責任を果たすことが可能となる。
インセッティングは、様々な業界で実践されている。
コーヒー会社が、自社に豆を供給する南米の小規模農家に対し、アグロフォレストリー(農業と林業の融合)の技術指導と資金を提供する事例がある。これにより、農地の土壌に炭素が貯留され(CO2吸収)、生物多様性が向上すると同時に、農家はシェードツリー(日陰樹)から果物などの副収入も得られるようになる。
アパレルブランドが、製品に使用する綿花を栽培するインドの農家と協力し、化学肥料や農薬を削減して土壌の健康を回復させるリジェネラティブ農業への移行を支援する。結果として土壌の炭素貯留量が増加し、水の使用量削減にも寄与する。
大手IT企業が、製造委託先であるアジアのサプライヤー工場に省エネ設備の導入や太陽光パネル設置のための資金を提供する。これにより、サプライヤーの電力使用に伴う排出量(企業のScope3)が削減される。
インセッティングは強力な戦略であるが、その実行は容易ではない。
カーボンインセッティングは、企業が気候変動に対する責任を果たすためのアプローチを、受動的な「埋め合わせ」から能動的な「変革」へと進化させるものである。それは、自社の事業活動が依存する生態系と人間社会の健全性に対して直接投資を行う、極めて戦略的なサステナビリティ活動と言える。