英国に拠点を置く物理的気候リスクモデリング企業トランスゼロ(TransZero)は2026年3月、カーボンクレジットおよび自然資本を専門とする炭素保険会社キタ(Kita)との戦略的提携を発表した。
キタはロイズ・オブ・ロンドン(Lloyd’s of London)のカバーホルダーとして認定されており、今回の連携によってカーボンクレジット市場における引受審査・リスク評価能力がさらに強化される。
トランスゼロが提供するのは、ロケーション単位での前向き(フォワードルッキング)気候リスクモデリングプラットフォームだ。野火、洪水、暴風雨、海面上昇、干ばつ、地盤沈下、ひょう、土砂崩れなど10の気候ハザードを網羅し、複数の気候シナリオにわたって将来のリスク推移を定量化する。
このプラットフォームの最大の特徴は、物理的リスクへの暴露を期待年間損失(Expected Annual Loss)などの金融損失指標に直接変換できる点にある。定性的なリスク評価に留まらず、気候ハザードが事業収益に与える財務的インパクトを数値化することで、炭素保険の引受審査に客観的根拠をもたらす。
さらに、適応モデリング機能により、防火管理や水文制御といったレジリエンス投資がリスク低減および収益安定化にどの程度貢献するかを経時的に評価することも可能だ。
キタにとって本提携の実質的な意義は、気候ハザードをカーボンクレジット固有の財務リスクに直結させる点にある。具体的には、カーボンリバーサル(登録されたカーボンクレジットの排出量が再放出される事態)、収益の不安定化、そして多くのカーボンクレジット認証制度が永続性担保のために設けるバッファープールの圧迫といった結果と、気候ハザードとを明示的に結びつけることが可能となる。
プロジェクト開発者や投資家にとっては、詳細なリスク評価が炭素保険へのアクセス改善につながるほか、リスクプロファイルが低いプロジェクトほど有利な保険条件を得られるという設計インセンティブが働くため、自然に基づく解決策(NbS)プロジェクトの設計品質向上が促進されることも期待される。
トランスゼロの共同創業者イアン・ウィリス(Iain Willis)博士は次のように述べた。「カーボンクレジット保険スキームにおいて高解像度の物理的気候リスクモデルを適用することは、リスク管理の自然な進化だ。カーボンプロジェクトが直面する物理的気候リスクは仮定の話ではなく、測定可能でマテリアルであり、温暖化が進む気候の中で変化し続けている」
キタの最高技術責任者(CTO)兼共同創業者ポール・ヤング(Paul Young)も語る。「カーボンプロジェクトがそのライフタイムにわたって直面する物理的リスクを理解することは、炭素保険引受の重要な要素だ。トランスゼロのフォワードルッキングなモデリングアプローチは、複数の気候シナリオにわたって物理的リスクへの暴露を金融指標に変換し、これらのリスクがプロジェクト成果に与える影響をより明確に把握することを可能にする」
今回の提携は、ボランタリーカーボンクレジット市場・コンプライアンスカーボンクレジット市場の双方において、強化されたリスクモデリングと財務的透明性を求める構造的シフトを反映したものだ。気候変動の激甚化が進む中、物理的気候リスク分析を金融リスク管理フレームワークに組み込むことは、カーボンクレジットプロジェクトの信頼性とスケーラビリティを支える要件として位置づけられつつある。
トランスゼロは2025年9月に設立された気候テック企業であり、不動産・小売・資産運用・保険・銀行分野を対象に、現在から将来の気候シナリオにわたるグローバルハザード・レジリエンス定量化を提供する。キタはFCA(英国金融行動監視機構)の認可・規制を受けた炭素保険・自然資本保険の専門会社だ。
日本では現在、GX-ETSの本格稼働に向けた議論と並行して、カーボンクレジットの品質・永続性に対する問いかけが強まっている。
今回の提携は「自然由来プロジェクトは野火や洪水で無効化されるリスクがある」という市場の根本課題に対し、保険と定量的リスクモデリングで応えようとする実践的な解答だ。
日本企業がJCMや自然由来カーボンクレジットを活用する際、バッファープールの毀損リスクや炭素保険の組み込みを契約設計段階から検討することは、調達するカーボンクレジットの品質担保と国際的な信頼性確保の観点から、今後ますます不可欠になるだろう。