EUが法的に義務付けたCCS貯留容量について、2030年末の到達水準が法定目標を少なくとも35%下回るとする独立調査が公表された。先進開発段階にある全案件が計画通り進んでも、目標には届かない。
調査を実施したのはウッド・マッケンジー(Wood Mackenzie)で、2026年6月17日に分析を公表した。委託したのはエクソンモービル(ExxonMobil)、OMVペトロム(OMV Petrom)、シェル(Shell)、トタルエナジーズ(TotalEnergies)の4社である。2025年10月の貯留可能性に焦点を当てた調査に続く第2弾で、今回は回収・輸送・貯留を相互依存する一体システムとして扱った。
NZIAは2030年末時点で運用稼働する年5,000万トンの貯留容量を求めている。ウッド・マッケンジーの試算では到達水準が少なくとも年1,750万トン不足し、目標を35%下回る。回収・輸送を含むバリューチェーン全体の遅延と未達を織り込むと、差はさらに広がる。
問題の中心は貯留事業の投資判断にある。NZIA目標貯留容量のうち運用中または建設中はわずか6%未満にとどまる。年5,000万トンに到達するには、2026年から2028年にかけて貯留のFIDを5倍に増やす必要がある。
だがFIDを取得済みで、かつEU域内の貯留と契約上結びついた回収容量は、年400万トンしかない。
ウッド・マッケンジーのエネルギーコンサルティング部門ディレクター、リサ・ギレスピー(Lisa Gillespie)は、貯留事業者は行動を怠っているのではなく、合理的な投資判断に必要な契約数量も輸送接続もないまま資本投下を求められていると指摘する。NZIAは統合システムの一部だけを義務化し、残りを別の枠組みのもとで各自のペースに委ねた。問題の核心はそこにあり、解決には貯留側だけでなくバリューチェーン全体を対象とする政策設計が要る、というのが同氏の見立てである。
NZIAは確定需要に先行して貯留容量を義務化することで、CCS特有の鶏が先か卵が先かの膠着を破る設計だった。調査はこの設計が別の問題を生んだとみる。バリューチェーンのどの要素も、他の要素の進展なしには前に進めない構図である。
回収側の不足も投資判断を阻む。EUの回収パイプラインは年3,650万トン、計画貯留容量は年3,250万トンで、いずれも目標を下回る。
貯留先が未確定の年2,600万トンのうち、年1,100万トンは計画中のパイプラインや既存のCO2インフラに近接せず、完全にストランド化するリスクがあると評価された。このリスクはフランスとドイツに集中している。
ハブ型モデルが所有を複数の当事者に分割し、EUの政策枠組みが回収・輸送・貯留を相互依存する単一システムではなく個別の活動として扱っていることが、分断の背景にある。
経済性の根本にはEU ETSの価格水準がある。ウッド・マッケンジーのモデルでは、FIDが近づく案件にとってETS価格はCCSの均等化コストを下回り続ける。ETSがもたらすのは回避できるコンプライアンスコストであって、具体的な収益ではない。価格変動リスクと政策リスクの双方を抱える。
一方で、ETS価格が中長期に上昇すれば回収経済性は改善するとの見方もあり、現時点の価格水準だけで貯留投資の成否を断ずるのは早いとの指摘もある。
遅延も恒常化している。EU域内の貯留案件の遅延は平均1.5年で、傾向は悪化している。注目度の高いポートホス(Porthos)の稼働開始は2027年後半にずれ込み、当初計画から3年遅れとなった。
義務と公的資金の配分にも食い違いがある。NZIAの義務は産業排出量ではなく石油ガスの生産量を基準とする。義務国の一部は2031年以前に稼働する貯留容量を開発しておらず、EUイノベーション基金の配分も限られる。
スウェーデンとスペインは、NZIA義務も2031年以前の貯留容量も持たないまま、相当額のイノベーション基金を受領した。アントワープ@C(Antwerp@C)は7.3億ユーロ(約1,340億円)超の基金を得たが、関連案件はいずれもFIDに至っていない。
回収・輸送の事業者がNZIAの節目達成に向けた規制圧力をほとんど受けないのに対し、貯留事業者は投資判断に必要な契約数量もインフラ確約もないまま法的義務を負う。義務と収益機会が非対称に配分された構図である。
CCS事業のバンカビリティは、個別技術の成熟よりも、回収から貯留までの契約と収益の連鎖をどこまで結べるかに左右される。NZIAは貯留事業者にFIDの前提が揃わない義務を課す一方、回収・輸送側の契約形成と規制圧力がそれに追いつかず、投資判断の起点が欠けたまま残った。本件は、大規模かつ越境のCCSをゼロから立ち上げる局面で、この連鎖の欠落が貯留事業の投資成立を阻む形で顕在化した事例として位置づけられる。