欧州連合(EU)は、炭素国境調整メカニズム(CBAM: Carbon Border Adjustment Mechanism)による輸入品への課金水準を、域内のEU ETS(排出量取引制度)の市場価格に直接連動させる枠組みを正式に公表した。
これにより、域外から鉄鋼・セメント・アルミニウムなどを欧州市場に輸入する企業は、EU域内メーカーと同等の炭素コストを負担することになる。
新たな枠組みでは、CBAM証書の価格は、EU ETSにおける排出枠のオークション清算価格を直近期間で平均して算定される。2026年については、四半期ごとに単一の参照価格を公表する暫定的な仕組みが採用される。
欧州委員会が2026年4月初旬に公表した第1四半期の参照価格は、CO2換算1トンあたり75.36ユーロ(約12,400円)となった。輸入業者が今後負担することになる炭素コストの初の公式ベンチマークであり、CBAMの財務的インパクトを示す最初の明確なシグナルである。
2027年以降は、価格更新サイクルを週次へ移行する計画で、EU ETS市場の価格変動をよりリアルタイムに反映する設計となる。
輸入業者には2026年中の即時の支払い義務はない。2026年に輸入された製品に内包される排出量に対するCBAM証書の購入は、2027年から開始される。新制度への準備期間として一定の猶予が確保されている。
対象セクターは、当面以下の6つのCO2集約型・ハード・トゥ・アベイト産業に限定されている。
欧州委員会は、2030年までに対象範囲をEU ETSの全セクターへ拡大する方針を示しており、石油精製品や有機化学品などの追加が今後検討される見通しである。
CBAMは独立した関税措置ではなく、EU ETSの改革と一体的に運用される点が制度設計上の核心である。
歴史的に、EU域内の重工業は国際競争力維持のため排出枠の無償割当を受けてきた。この無償割当は2026年から2034年にかけて段階的に削減され、同じペースでCBAMの輸入業者への課金率が引き上げられる。最終的には2035年に対象輸入品の内包炭素100%が課金対象となる。
なお、域外の生産者が原産国で既にカーボンプライシングを支払っている場合、その金額はCBAM証書の必要購入額から控除される仕組みが整備されており、二重課金は回避される。
CBAMの根本目的は、域内の厳しい気候規制によって生産活動と排出が規制の緩い国へ流出するカーボンリーケージの防止にある。価格をEU ETSに直接連動させることで、域内外の競争条件を均等化し、グローバルサプライチェーン全体に排出削減のインセンティブを波及させる狙いがある。
日本企業にとってCBAMはもはや「対岸の火事」ではない。鉄鋼・アルミニウム・セメント・肥料・水素を欧州市場に輸出する企業は、2026年の輸入実績ベースで課金対象となり、CO2換算1トンあたり12,000円超の炭素コストが製品価格競争力に直接影響する規模となる。
特に焦点となるのは、GX-ETSやJ-クレジット制度、二国間クレジット制度(JCM)といった日本のカーボンプライシング枠組みが、CBAM控除対象として欧州委員会に認定されるか否かである。
本格稼働したGX-ETSの炭素価格水準(現状はEU ETSを大きく下回る)と整合性をどう確保するかは、政府・産業界双方にとって喫緊の課題となる。商社・素材メーカーは、サプライチェーン上流の活動量データと内包排出原単位の算定体制(MRV)を早急に整備し、製品単位での炭素フットプリント開示能力を構築することが急務である。
参考:https://taxation-customs.ec.europa.eu/carbon-border-adjustment-mechanism_en