シンガポールとタンザニアは2026年6月9日、カーボン市場協力に関する覚書(MOU)に署名した。シンガポールのターマン・シャンムガラトナム(Tharman Shanmugaratnam)大統領によるタンザニア公式訪問(6月8〜10日)に際し、サミア・スルフ・ハッサン(Samia Suluhu Hassan)大統領との会談後に交わされた一連のMOUの一つで、貿易円滑化や技能開発、二重課税回避協定などと並んで署名された。
両首脳はあわせて、東アフリカ共同体(EAC)とシンガポールの自由貿易協定(FTA)交渉を進める意向を確認した。EACにとってアフリカ域外の相手との初のFTA交渉となる。
シンガポールにとって炭素市場協力MOUの締結は既定路線にある。
同国は2023年のパプアニューギニアを皮切りに、パリ協定6条2項に基づく実施協定(IA)の締結を進めてきた。2026年5月のフィリピンを含め、IA締結国は11カ国に達し、これとは別に十数カ国とMOUを結んでいる。タンザニアとのMOUは、この調達網の拡張線上にある。
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背景には需要側の構造がある。
シンガポールは国土制約から国内の排出削減余地が限られ、2050年のネットゼロ達成に向けて高品質なカーボンクレジットの外部調達を不可欠としている。炭素税は2024〜2025年のS$25から2026年にはS$45(約5,600円)/トンへ引き上げられ、課税対象施設は2024年以降、適格な国際カーボンクレジットで課税排出量の最大5%を相殺できる。
シンガポールのIAは、ホスト国の適応支援に収益の5%相当を拠出し、コリ調整後のカーボンクレジットの2%を初回発行時に無効化する設計を採る。MOUは拘束力を持つIAへの前段階に位置づけられ、その後のRFP(提案募集)を通じた政府調達契約へと段階的に移行する。
タンザニアは東アフリカのなかで炭素市場規制の先行国として位置づけられる。2022年の環境管理(カーボン取引)規則を2023年に改正し、2025年には議会措置で枠組みを補強した。国家炭素監視センター(NCMC)が技術的な中核機関として認証手続きを担い、森林・土地利用・クリーンクッキングを中心とするプロジェクトパイプラインが拡大している。
EAC域内では、ルワンダがすでにシンガポールとIAを締結済みである。今回のタンザニアとのMOUにより、シンガポールはEAC構成国との接点を2件に広げたことになる。東アフリカは、シンガポールをはじめとする需要国にとって新たなカーボンクレジット供給地域として浮上しつつある。
本件のカーボン市場協力MOUは、シンガポールが2023年以降築いてきたパリ協定6条の二国間調達網の拡張線上に位置づけられる。一方で、MOUはあくまで協力意思の確認であり、拘束力を持つIAやその先の調達契約とは段階を異にする。タンザニアとの協力が実際のITMO移転に至るには、なお複数の手続き的段階を残している。
シンガポールの調達行動は需要側の構造に強く規定されている。国土制約、S$45(約5,600円)/トンへ上昇する炭素税、課税排出量の5%という相殺枠が、高品質なITMOの外部調達を継続的に押し上げる。MOUからIA、そしてRFP契約へと至る段階的な調達プロセスにおいて、タンザニアとのMOUはその入口に位置する。
供給側では、東アフリカが新興のカーボンクレジット供給地域として台頭しつつある。ルワンダのIA、タンザニアの規制枠組みと案件パイプライン、そして域内の規制整備の進展が、同地域を需要国の調達対象として可視化させている。東アフリカは、シンガポールの調達網における新たな供給フロンティアとして位置づけられる。