北海道大学の加藤知道教授らの研究グループは、2004年の台風による風倒被害を受けた苫小牧研究林の天然広葉樹林について、18年間にわたる航空機・UAVレーザ測量と深層学習を組み合わせた解析の結果、かく乱から約10年の遅れの後に成長が加速する「遅延加速型回復」を確認したと発表した。
研究成果は2026年3月12日付でフォレスト・エコロジー・アンド・マネジメント(Forest Ecology and Management)誌オンライン版に掲載された。本研究は、これまで主に針葉樹人工林を対象としてきたJ-クレジット制度の森林吸収系方法論や、ボランタリーカーボンクレジット市場におけるベースライン設計に対し、再検討を迫る重要な科学的知見を提供する。
研究対象は、2004年9月の台風ソングダ(Typhoon Songda)が北海道に上陸し、約370平方キロメートルの森林に深刻な被害を与えた事象のうち、苫小牧研究林の天然広葉樹林約2,516ヘクタールである。研究グループは、2004年・2014年・2022年に取得した航空機およびUAV搭載レーザ測量データを点密度の正規化を経て統合し、解像度2メートルの樹高モデル(CHM)と地上部バイオマス(AGB)を推定した。
解析の結果、対象地全域における18年間の平均地上部バイオマス成長速度は1.30トン/ヘクタール/年(CO2換算で2.24トン/ヘクタール/年)であった。一方、樹木のほとんどが倒れたかく乱域(対象地全域の3.7%)の成長速度は1.64トン/ヘクタール/年(CO2換算2.83トン/ヘクタール/年)と、非かく乱域の1.29トン/ヘクタール/年(同2.23トン/ヘクタール/年)を上回った。
特筆すべきは時系列の動態である。
かく乱域における成長率は、2004年から2014年の0.97トン/ヘクタール/年(CO2換算1.67トン/ヘクタール/年)から、2014年から2022年には2.48トン/ヘクタール/年(同4.28トン/ヘクタール/年)へと約2.6倍に加速した。台風かく乱から約10年の停滞期を経て急速な回復に転じる「遅延加速型回復」の存在が定量的に示された形である。対象地全体のCO2総吸収量は年間5,636トンと算定された。
風倒かく乱域と非かく乱域の判別には2004年のカラー赤外航空写真を、針葉樹・広葉樹の樹冠分類には6センチメートル解像度のUAVカラー画像を用い、いずれも深層学習モデルにより自動分類した。独立したテストセットにおける分類精度はそれぞれ92.2%、93.5%と高水準であり、地上プロット調査によるアロメトリ式と組み合わせることで、広域・高解像度・透明性の三要素を兼ね備えた炭素ストック評価の可能性が示された。
これは、測定・報告・検証(MRV)の高度化、特にリモートセンシングを基盤とするデジタル測定・報告・検証(dMRV)の文脈において重要な意味を持つ。LiDARと深層学習による樹種識別・かく乱履歴の同定が、従来の現地調査主体の手法に比べて検証コストを大幅に低減し、自然由来カーボンクレジット発行に必要な定量的エビデンスを補強する技術基盤となり得るためだ。先行研究と比較しても、本研究で示された冷温帯林の回復速度は同程度かやや高い水準にあり、地域固有のベースライン値の整備にも資する成果といえる。
本研究がカーボンクレジット制度設計に与える含意は多岐にわたるが、特に重要なのは以下の三点である。
第一に、ベースライン設計の時間軸問題である。
J-クレジット制度を含む既存のベースラインアンドクレジット型制度では、線形あるいは固定的なベースラインを前提とすることが一般的だが、本研究で示された非線形(遅延加速型)の回復パターンは、評価期間の取り方次第で吸収量の過小評価や過大評価を生む構造的リスクを示唆する。プロジェクト実施期間が10年以下に設定された場合、加速期に入る前の停滞期データのみが反映され、長期的な吸収ポテンシャルが見逃される可能性がある。逆に、加速期のみを切り出してベースラインを設定すれば吸収量を過大計上するリスクもある。
第二に、対象森林の範囲拡大に関する論点である。
現行のJ-クレジット制度における森林管理プロジェクトは、間伐や植栽などの人為的経営活動を伴う人工林を主な対象としてきた。一方、本研究は天然広葉樹林が人工林に匹敵する炭素吸収ポテンシャルを有することを実証した。ただし、人為的介入を伴わない自然回復については、追加性、すなわちカーボンクレジットがなくとも実現したであろう吸収量との区別の証明が技術的に難しく、方法論設計上の根本的な課題が残る。
第三に、永続性の論点である。
気候変動下で台風や熱帯低気圧による大規模かく乱が頻発化する蓋然性が高いことを踏まえれば、自然林由来の吸収量を長期的に保証する仕組み、バッファプール、リバーサル保険、長期モニタリングの整備が前提条件となる。
本研究で用いられたLiDAR・深層学習統合手法は、こうしたリスク管理に必要な高頻度・高精度モニタリング体制の技術的基盤を提供する。
参考:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0378112726001908