世界の炭素除去(CDR)市場が2026年3月に力強い回復を見せた。
世界経済フォーラム(World Economic Forum)がオリバー・ワイマン(Oliver Wyman)およびクライムフィ(ClimeFi)との共同作業として発表したCDRオフテイク白書は、この市場拡大の背景にある構造的課題と投資動態を詳細に分析しており、両報告を合わせることで市場の現在地が鮮明に浮かび上がる。
3月に記録されたオフテイク成約件数は14件で、2月の8件から大幅に増加した。CDR開発企業の参入数も4カ月ぶりの高水準を回復し、2025年12月以来の水準と並んだ。
主要取引として、マイクロソフト(Microsoft) が米国拠点のライフラフト(Liferaft)から100万トン分のCDRカーボンクレジットを購入する契約を締結した。また、アルティテュード(Altitude)はエンパカー(Empacar)から305,000トン分のカーボンクレジットを確保した。
供給側では新規参入の動きも活発化している。ノルウェーのカーボン・セントリック(Carbon Centric)がプロアース(Puro.earth)レジストリ(登録簿)への登録を完了。中国の直接空気回収(DAC)開発企業デカーボン(DeCarbon)が新たに市場に参入したほか、オーストラリアのオーストラリアン・カーボン・ボルト(Australian Carbon Vault)はVCS(Verified Carbon Standard)への登録計画を公表した。バイオ炭が大口取引を主導する構図は継続しながらも、DACや岩石風化促進(ERW)といった多様な技術経路への分散が進んでいる。
世界経済フォーラムの白書は、CDR市場の規模と集中度を定量的に把握する上で重要なデータを提供している。購入量ベースの最大バイヤーはマイクロソフトであり、累計820万トン超のカーボンクレジットを購入済みだ。2024年5月にはスウェーデンの電力会社ストックホルム・エクサジ(Stockholm Exergi)と、バイオエネルギー炭素回収・貯留(BECCS)プラントからの10年間・330万トン超のカーボンクレジット供給契約を締結しており、これはCDR分野における単一案件として過去最大規模とされる。デンマークのエネルギー企業エルステッド(Ørsted)との契約(367万トン)も同社が実績を積み上げた主要取引の一つである。
供給側ではスイスのクライムワークス(Climeworks)が約7億8,700万ドル(約1,251億円)の資金調達実績を持ち、DAC分野で世界最大の資本調達額を誇る。同社の企業価値はおよそ20億ドル(約3,180億円)に達する。
一方、市場への参加企業層の薄さも浮き彫りになっている。科学的根拠に基づく目標(SBT)を設定した約6,000社のうち、耐久性のあるCDRカーボンクレジットを実際に購入した企業は32社(0.5%)にとどまる。ファースト・ムーバーズ・コアリション(First Movers Coalition)加盟企業がオフテイクコミットメントを積み上げている一方で、一般企業の調達行動への転換はいまだ限定的だ。
白書は4つの主要CDR技術経路について、コスト・オフテイク条件・スケーラビリティを比較分析している。
直接空気回収(DAC) は現在1トンあたり500〜1,200ドル(約79,500〜190,800円)と最もコストが高く、エネルギー集約度の高さと大規模インフラ整備が不可欠なことから、調達・建設期間を含む5〜12年の長期オフテイク契約が標準的だ。売約済み量と実際の引渡し量の比率は750対1と突出して高く、バイヤーの前払いコミットメントが事業資金の大部分を賄う構造となっている。2024年に実施されたDAC購入の98%が米国内で完結しており、45Q税額控除が市場形成において決定的な役割を果たしていることを示している。
バイオエネルギー炭素回収・貯留(BECCS) は1トンあたり200〜600ドル(約31,800〜95,400円)で、既存バイオマスサプライチェーンとの統合によりスケーラビリティに優れる。売電収入とカーボンクレジット収入の二重の収益源が機関投資家にとって魅力となっており、EUのBioCCS認証方法論が2026年2月に採択されたことで欧州での導入加速が期待される。
バイオ炭 は平均1トンあたり192ドル(約30,500円)と最も価格が安定しており、商業規模での実績も最も豊富だ。短期(1〜8年)契約が主流で、カーボンクレジット・バイオオイル・土壌改良剤など収益源が多様であることも強みとなっている。ただし、バイオマス原料の調達可能量に制約があり、成長速度には上限がある。
岩石風化促進(ERW) は1トンあたり200〜500ドル(約31,800〜79,500円)で、農業用地や沿岸部への鉱砕物散布を通じてCO2を固定する手法だ。展開コストは低いが、開放系環境での測定・報告・検証(MRV)の複雑さが投資家の確信を妨げており、外部検証済みカーボンクレジットが発行された事例は最近になってようやく登場した段階だ。2028年にはバイオ炭を超える供給量が見込まれているが、これはMRV基準の確立と物流コスト削減が前提となる。
白書が集計したCDR分野への累積投資額は、民間資金が約86億ドル(約1兆3,674億円)、公的資金が約117億ドル(約1兆8,603億円)に達する。技術経路別では、DACが政府資金約100億ドル(約1兆5,900億円)と民間資金約41億ドル(約6,519億円)の合計で最大の調達額を誇る一方、バイオ炭とERWはそれぞれ公私合計で約5億ドル(約795億円)にとどまる。
オフテイク契約の構造的課題として、白書は「バンカビリティ(融資適格性)」の欠如を核心的問題として指摘する。固定価格、明確なマイルストーン、第三者検証、確定した契約期間という融資者が求める要件を満たすオフテイク契約は少なく、バイヤー・サプライヤー・市場プラットフォーム・金融機関がそれぞれ異なるインセンティブのもとで行動しているため、契約条件の標準化が進んでいない。中規模開発企業は、初期段階のベンチャー資金調達を卒業しつつも機関投資家が要求する最低案件規模には届かないという「中間の空白地帯」に置かれており、資本調達の壁に直面している。
前払い(プリペイメント)はこの資金ギャップを埋める重要な手段となっており、50%前払いで3〜9%、100%前払いで7〜14%の価格割引が提供される。オプション契約も普及しており、調査対象プロジェクトの約80%が2026〜2030年ヴィンテージに対するオプションを提供している。
日本企業にとってこの報告が示す最大の示唆は、CDRカーボンクレジットの「調達する側」に早期に回ることの戦略的価値だ。SBTiが残余排出量に対するCDRカーボンクレジットの活用指針を整備するなか、調達コストが最も低い時期に長期オフテイク契約を確保したバイヤーが競争優位を持つ構図は、再生可能エネルギーPPAの普及局面と重なる。GX推進法のもとで国内炭素市場が整備される日本でも、CDR由来のカーボンクレジットの位置づけを早期に検討することが、脱炭素戦略の精度向上につながるだろう。