ウクライナ閣僚会議は2026年6月10日、パリ協定6条に基づく排出削減量の国際取引メカニズムを導入する政令を採択した。同政令は、国際的な炭素取引の計上と実行を担う国家炭素登録簿(National Carbon Registry)の運用手続きもあわせて規定する。
これにより、ウクライナは国際炭素市場へ参加するための法的・制度的基盤を整え、スイスおよび日本と既に締結した気候協力合意を実行に移す根拠を得た。
国家炭素登録簿は、6条に基づくITMOの移転記録と相当調整(コリ調整)の管理を担う中核インフラとなる。法的枠組みと登録簿の整備はITMO移転を実行するうえでの前提条件であり、ウクライナは6条2項に基づく二国間取引と6条4項のメカニズムの双方に接続しうる立場を確保する。
経済・環境・農業省は、今回の政令が、スイスおよび日本とのあいだで締結済みの気候協力合意を実行に移す法的根拠になると説明している。
日本との関係では、2024年2月に二国間クレジット制度(JCM)構築に関する協力覚書が署名され、ウクライナはJCMパートナー29か国目となっている。スイスはクリック財団(KliK Foundation)を通じて6条2項に基づくITMO取得を各国と進めており、ウクライナとの協力もこの系譜に位置する。
国家炭素登録簿の整備は、これらの二国間合意を「合意」から「移転実績」へ転換させるための制度的欠落を埋めるものである。
6条メカニズムの法制度化は、同じ6月10日の閣議で採択された計11件の環境・気候措置の一部をなす。同日には2050年までの長期低炭素発展戦略、2030年までの国家エネルギー・気候計画(NECP)改訂版も承認された。NECP改訂版には、バイオメタン・水素・CO2回収技術の展開枠組み、国家排出量取引制度(ETS)導入に向けたMRVツールの強化が盛り込まれている。
低炭素戦略は2035年までの中間目標として、最大2.1%のGDP押し上げ、エネルギー集約度の半減超、4GWを超える分散型電源の展開などを掲げる。戦争で損傷したエネルギーインフラの復旧を低炭素技術で進める方針も明示され、EU加盟交渉とCBAMへの適応が一貫した動機として置かれている。
6月10日にキーウで開催された環境フォーラムには政府・国際機関・民間など300名超が参加し、グリーン復興の優先課題が議論された。同フォーラムはUNDPの支援と、日本・韓国・スウェーデン各国政府の資金拠出により開催された。中込正志駐ウクライナ日本国特命全権大使は、限られた資源と災害対応の経験を持つ日本の知見が復興に貢献しうると述べた。
ウクライナによる6条メカニズムと国家炭素登録簿の法制度化は、戦後復興という固有の文脈を国際炭素市場の制度インフラへ接続する一手として位置づけられる。
二国間協力の観点では、本件は日本にとって看過できない布石である。日本は2024年2月にウクライナとJCM協力覚書を結んでおり、今回の登録簿整備はその覚書をITMO移転という実体へ転化させる制度的条件を満たすものとなる。スイスがクリック財団を通じて先行する6条2項の取引実務と同様、ウクライナのエネルギーインフラ復旧、再生可能エネルギー、廃棄物管理といった分野は、6条2項に基づくホスト国プロジェクトの有力な候補領域となる。日系企業各社にとっては、復興需要とカーボンクレジット創出が重なる稀少な市場機会として、案件組成の初期段階から関与する余地がある。
ただし、この機会は通常の二国間炭素協力とは異なる前提条件のうえに成り立つ。投資判断は戦時下のカントリーリスク、インフラの被災状況、EU加盟交渉と復興資金の流入見通しと不可分であり、法制度の整備が直ちにITMO移転実績に結びつくわけではない。今回の政令は炭素取引の実装に向けた入口を制度面で開いたものであり、ウクライナの6条市場が投資対象として成熟するか否かは、復興ファイナンスと地政学的安定の双方に左右される論点となる。
参考:https://me.gov.ua/News/Detail/35d093da-b321-4a90-b636-a36424924a32