カーボンクレジットが気候変動の緩和への貢献を価値化する一方で、プロジェクトがもたらす便益は炭素削減だけに留まらない。地域の雇用創出、健康改善、生物多様性の保全、ジェンダー平等への貢献など、多岐にわたるポジティブな影響が存在する。
これらのコベネフィットを、SDGsという世界共通の言語で、信頼性をもって評価・認証する枠組みが、「持続可能な開発検証済みインパクト基準(Sustainable Development Verified Impact Standard, SD VISta)」である。
本稿では「国際開発と気候変動ファイナンスの視点から、SD VIStaがいかにして社会・環境価値を可視化し、資金動員を促すのか、そして公正な移行をいかに促進するのかを詳述する。
SD VIStaとは
SD VIStaとは、プロジェクトがもたらすSDGsへの貢献を、独立した第三者が検証・認証するための世界的な基準である。これは、カーボンクレジット基準の最大手であるベラ(Verra)が、VCSとは別に運営するプログラムである。
重要な点は、SD VIStaが炭素に限定されない、より広範な持続可能な開発への貢献を評価するための柔軟なフレームワークであることだ。気候変動プロジェクトはもちろん、貧困削減、水資源の供給、ジェンダー平等など、SDGsに貢献するあらゆる種類のプロジェクトがこの基準の対象となり得る。
認証された貢献は、「SD VIStaアセット」または「SD VIStaクレーム」として発行・主張され、プロジェクトの付加価値を示す手段となる。
SD VIStaの重要性
SD VIStaの重要性は、気候変動ファイナンスの対象を「炭素」という単一の指標から、「SDGs全体」という多次元的な価値へと拡張する点にある。この価値の多層化は、新たな資金動員の可能性を広げる。炭素削減だけでなく、特定のSDG目標への貢献を重視するインパクト投資家や財団に対し、測定可能なインパクトを信頼性の高い形で提供できるからである。
これにより、途上国のプロジェクトは複数の資金源にアピールすることが可能になり、経済的な持続可能性を高めることができる。
認証の仕組みとプロセス
SD VIStaの認証プロセスは、プロジェクトが社会・環境便益を確実にもたらしていることを証明するために設計されている。
- インパクトの設計とベースライン設定
プロジェクト開発者は、どのSDG目標に、どのように貢献するかを明確に定義する。その上で、インパクトを測定するための指標と、「もしプロジェクトがなかったら」というベースラインシナリオを設定する。 - 第三者による妥当性確認
独立した監査機関が、プロジェクトの設計がSD VIStaの要件を満たしており、インパクトを生み出す蓋然性が高いことを確認する。 - モニタリングと検証
プロジェクト実施後、設定した指標に基づきインパクトを測定する。そのモニタリング報告書を再び独立監査機関が検証し、インパクトが実際に創出されたことを確認する。 - 認証とラベリング
検証をクリアすると、プロジェクトはSD VISta認証を受けることができる。VCSプロジェクトの場合、発行されるVCUに「SD VIStaラベル」が付与され、そのクレジットが高い共同便益を持つことが示される。
類似基準との比較
| 基準 | 主目的 | 対象 | 柔軟性 |
| VCS | GHG削減・吸収量の認証 | GHGプロジェクト全般 | 低 |
| CCB Standards | 土地利用プロジェクトの気候・地域・生物多様性への貢献を認証 | 土地利用プロジェクト限定 | 中 |
| SD VISta | あらゆるプロジェクトのSDGsへの貢献を認証 | あらゆる種類のプロジェクト | 高 |
具体例、アフリカにおけるクリーンな調理用コンロ普及プロジェクト
一つのプロジェクトが複数の価値を生み出す事例として、クリーンな調理用コンロの普及プロジェクトを挙げる。このプロジェクトは、伝統的な薪コンロから高効率コンロへの転換により、薪の使用量が減り、CO2排出量が削減される。これにより、VCU(カーボンクレジット)が発行される。
それと同時に、以下の貢献が個別に検証され、発行されるVCUにSD VIStaラベルが付与される。
- SDG 3(すべての人に健康と福祉を)
室内の煙が減少し、女性や子供の呼吸器系疾患が改善される。 - SDG 5(ジェンダー平等を実現しよう)
薪を集めるための女性の労働時間が短縮され、教育や他の経済活動への参加機会が増える。 - SDG 15(陸の豊かさも守ろう)
薪の採取量が減ることで、地域の森林減少が抑制される。
メリットと課題
プロジェクトの価値を最大化する可能性を秘める一方で、その運用には高い専門性が求められる。
メリット
- プロジェクト価値の向上が挙げられる。炭素価値に加えて社会・環境価値を証明することで、クレジットの信頼性と魅力を高めることができる。
- 新たな資金源へのアクセスである。炭素市場だけでなく、SDGs達成を目的とするインパクト投資市場からの資金調達が可能となる。
- リスク管理の強化である。プロジェクトが地域社会や環境に与える影響を包括的に評価するため、「Do No Harm(害を及ぼさない)」原則を徹底し、事業リスクを低減できる。
- 透明性の高いレポーティングである。企業のESG報告やサステナビリティ報告において、SDGsへの貢献を具体的かつ定量的に示すための強力な根拠となる。
課題
一方で、複雑性とコストの増加という課題がある。社会的なインパクトを定量的に測定し、第三者検証を受けるプロセスは、炭素の測定以上に複雑であり、追加のコストと専門知識が必要となる。
また、市場形成の途中段階である点も留意が必要だ。カーボンクレジット(VCU)に付加価値を与える「ラベル」としての機能は認知されているが、炭素を含まないプロジェクトが生み出す「SD VIStaアセット」単体の市場は、発展の途上にある。
まとめ
SD VIStaは、気候変動ファイナンスを、より包括的で人間中心のアプローチへと進化させるための重要な基準である。
この仕組みは、プロジェクトのSDGsへの貢献を認証し、炭素だけでなく健康、ジェンダー、生物多様性といった多面的な価値を可視化する。それにより、インパクト投資など新たな資金源へのアクセスを可能にし、プロジェクトの価値を高める役割を果たす。気候変動対策と持続可能な開発は不可分であり、SD VIStaのようなフレームワークは、真に質の高いプロジェクトを評価するために不可欠な要素である。

