信頼性の高いカーボンクレジット市場を築くには、その土台となる「ルールブック」の品質が何よりも重要です。そのルールブックを、徹底した透明性と科学的知見に基づき、全ての利害関係者(ステークホルダー)を巻き込みながら作り上げてきた、北米を代表する基準認証機関が「CAR(Climate Action Reserve)」です。
この記事では、CARがどのようにして市場の信頼を獲得し、特に北米の気候変動政策で中心的な役割を果たしているのかを解説します。
CAR(Climate Action Reserve)とは?
CAR(Climate Action Reserve)とは、一言で言うと「米国を拠点とし、カーボンオフセットプロジェクトの基準(プロトコル)を開発・管理する、高い信頼性を持つ非営利団体」です。
その起源は、2001年にカリフォルニア州によって設立された公的な登録簿「California Climate Action Registry」にあります。この公的な出自が、CARの厳格性と信頼性の高さを物語っています。
ACRと同様に、自主的なオフセットを目指す「ボランタリーカーボンクレジット市場」と、法律で定められた排出削減義務を果たすための「コンプライアンスカーボンんクレジット市場」の両方で、主要な役割を担っています。
なぜCARが重要なのか?
CARの重要性は、その「プロトコル(方法論)」の品質と、それを生み出す「プロセス」の透明性にあります。
高品質で透明性の高いプロトコル
CARは、クレジットの創出ルールである「プロトコル」の開発プロセスを、科学者、産業界、環境NGO、政府機関など、全てのステークホルダーに公開し、徹底的な議論を経て策定します。このため、CARのプロトコルは市場で「ゴールドスタンダード(最高品質の基準)」の一つと見なされています。
規制市場からの信頼
CARは、世界で最も厳格な炭素市場の一つであるカリフォルニア州キャップ&トレード制度において、公式な「オフセット・プロジェクト登録簿(OPR)」として承認されています。これは、CARの基準が政府の厳しい要求水準を満たしていることの証です。
新たな分野への挑戦
CARは、これまでクレジット化が難しかった新しい分野のプロトコル開発にも積極的に挑戦しています。特に、都市の緑化を評価する「都市林プロトコル」は、その先進的な取り組みとして世界的に知られています。
CARの仕組みと得意分野
プロトコル開発とクレジットの発行
CARの活動の中核は、高品質な「プロトコル」の開発です。プロジェクトは、このプロトコルに定められた厳格なルールに沿って計画・実施され、独立した第三者機関による検証を経て、CRT(Climate Reserve Tonnes)という単位でクレジットが発行されます。
CARが得意とするプロジェクト分野
CARは、特に北米の状況に即した以下のような分野で、質の高いプロトコルを数多く開発しています。
- メタンガスの回収・破壊:埋立地、炭鉱、そして家畜の糞尿管理などから排出される、CO2より何十倍も強力な温室効果ガスであるメタンを回収・破壊するプロジェクト。
- 森林管理(Forestry):持続可能な森林管理の改善や植林に加え、「都市林プロトコル(Urban Forest Protocol)」を世界で先駆けて開発。都市部の緑化活動によるCO2吸収をクレジット化する道を拓きました。
- オゾン層破壊物質(ODS)の破壊:ACR同様、古い冷蔵庫などに含まれる強力な温室効果ガスであるフロン類などを回収・破壊するプロジェクトにも強みを持ちます。
国際的な動向と規制市場での役割
カリフォルニア州での役割
CARは、ACRと共に、カリフォルニア州の規制市場を支える二大登録簿の一つです。州内の大規模排出事業者は、自らの排出削減義務の一部を、CARが認証した高品質なオフセットクレジット(州の承認後、ARB Offset Creditと呼ばれる)を購入することで果たすことができます。
ICVCMからの評価
CARは、自主的炭素市場の信頼性向上を目指すICVCMの評価プロセスにも積極的に参加しており、そのプロトコルの多くが、ICVCMが定める最高品質の基準「コアカーボン原則(CCPs)」を満たすことが期待されています。
メリットと課題
メリット
- 公開されたプロセスで開発されるプロトコルの品質と透明性が非常に高い。
- 規制市場で認められていることによる、客観的な信頼性の高さ。
- 都市林業など、ユニークで社会貢献度の高い分野のプロトコルを開発している。
デメリット(課題)
- その強みが北米市場に集中しており、他の地域でのプロジェクト展開はVerraなどに比べて限定的。
- 徹底したステークホルダー・プロセスは、プロトコル開発に時間がかかるため、市場の急速な変化への対応が比較的ゆっくりとなる場合がある。
まとめと今後の展望
本記事では、CARがカリフォルニア州の公的な取り組みを起源とし、徹底した透明性とステークホルダー主義によって、世界で最も信頼されるクレジット基準の一つとなったことを解説しました。
【本記事のポイント】
- CARは、カリフォルニア州の気候変動対策を起源とする、米国の主要なクレジット基準。
- 公開されたプロセスで策定される、高品質で信頼性の高い「プロトコル」が最大の特徴。
- 自主市場とコンプライアンス市場の両方で、重要な役割を担う。
- 都市林業など、ユニークな分野のルールメイキングをリードしている。
CARの真価は、その発行量(Quantity)よりも、一つ一つのプロトコルとクレジットの品質(Quality)に対する徹底したこだわりにあります。
今後、世界のカーボン市場が成熟し、買い手がより一層クレジットの「質」を重視するようになる中で、CARが築き上げてきた「信頼」というブランドは、ますます輝きを増していくでしょう。CARの歩みは、公正で透明な市場インフラをいかにして構築するか、という問いに対する、一つの優れた答えを示しています。