カーボンクレジットを購入する際、その「1トンのCO2削減・除去」という価値は、どれくらいの期間、保証されるのでしょうか。10年でしょうか、100年でしょうか、それとも1000年以上でしょうか。この「時間の長さ」と「確実性」を問う、クレジットの品質を測る上で最も重要な概念の一つが**「永続性(Permanence、パーマネンス)」**です。
この記事では、この永続性という概念がなぜ重要で、特に自然由来のプロジェクトが抱えるリスクと、それを管理するための市場の仕組みについて解説します。
2. 永続性(パーマネンス)とは?
永続性とは、一言で言うと**「カーボンクレジットの元となったプロジェクトによって、CO2がどれだけ長期にわたり、かつ確実に大気中から隔離され続けるかを示す度合い」**のことです。「耐久性(Durability)」とほぼ同義で使われます。
その逆の概念が**「非永続性のリスク(Non-permanence Risk)」または「反転リスク(Reversal Risk)」**です。これは、一度、森林や土壌に貯留された炭素が、火災や不適切な土地管理などによって、再び大気中に放出されてしまう危険性を指します。
3. なぜ永続性が重要なのか?
永続性は、カーボンクレジットの環境的な価値と、経済的な価値の両方を決定づける、核心的な要素です。
- オフセットの信頼性の根幹: 私たちが排出するCO2の多くは、数百年以上にわたって大気中に留まり、地球を暖め続けます。その排出を真に「相殺(オフセット)」するためには、それと同等か、それ以上の期間、CO2を確実に隔離する必要があります。永続性の低いクレジットによるオフセットは、いわば「一時的な問題の先送り」に過ぎず、根本的な解決にはなりません。
- 「ネットゼロ」達成の要件: 企業の「ネットゼロ」目標を定義するSBTiなどの国際基準では、削減しきれない残余排出量を中和するためには、この永続性が極めて高い**「Durable Carbon Removal(耐久性のある炭素除去)」**のクレジットを用いることが求められています。
- クレジットの価格と価値の決定要因: カーボン市場において、永続性は品質を測る最も重要な指標の一つです。一般的に、永続性が高い(=反転リスクが低い)クレジットほど、高品質で信頼できる資産と見なされ、より高い価格で取引されます。
4. 永続性リスクとその管理メカニズム
特に、植林や森林保全といった自然由来のプロジェクトは、永続性に関する固有のリスクを抱えています。
4-1. 非永続性リスク(反転リスク)の主な原因
- 自然災害: 森林火災、干ばつ、病害虫の大量発生など。
- 人為的な要因: 違法伐採、土地の用途変更、プロジェクトの不適切な管理、あるいは政情不安による保護政策の撤回など。
4-2. リスク管理の仕組み:「バッファープール」
このリスクに対応するため、Verraなどの主要な認証機関は**「バッファープール」**という、一種の共同保険制度を導入しています。
- 仕組み: 認証機関は、自然由来のプロジェクトがクレジットを発行する際に、そのプロジェクトのリスク評価に応じた一定割合(例:10%~20%)のクレジットを、この共通の「バッファープール」に預託させます。
- 機能: もし、あるプロジェクトで火災などによる炭素の再放出(反転)が起きた場合、認証機関は、その損失分に相当するクレジットをバッファープールから取り崩し、永久に無効化(リタイア)します。これにより、市場に流通する他の全てのクレジットの価値と信頼性が守られるのです。
5. 除去アプローチによる永続性の違い
- 自然ベースの除去(植林、土壌貯留など): 本質的に反転リスクを伴うため、永続性は数十年~百年単位と見なされることが多いです。そのため、バッファープールのようなリスク管理が不可欠です。
- 技術ベースの除去(DACCS、バイオ炭など): CO2を地層や安定した炭素構造に固定するため、反転リスクが極めて低く、数百年~数千年以上の永続性を持つとされています。これが「Durable(耐久性のある)」と呼ばれる所以です。
6. 国際的な動向
- 「耐久性への逃避(Flight to Durability)」: 近年、より確実な気候貢献を求める先進的な企業(Microsoftなど)や、炭素除去購入基金(Frontierなど)が、永続性の高い技術ベースの除去クレジットを、プレミアム価格で積極的に購入する動きが加速しています。
- ICVCMの要件: 市場全体の信頼性向上を目指すICVCMも、その**「コア・カーボン原則(CCPs)」**の中で、プロジェクトが非永続性リスクを適切に評価し、バッファープールのような堅牢なリスク管理措置を講じていることを、高品質なクレジットの必須条件としています。
7. まとめと今後の展望
本記事では、「永続性」が、カーボンクレジットの価値と信頼性を時間軸で測るための、極めて重要な品質基準であることを解説しました。
【本記事のポイント】
- 永続性とは、除去・貯留された炭素が、大気から隔離され続ける期間の長さと確実性のこと。
- 自然由来クレジットは本質的な反転リスクを抱え、バッファープールなどで管理される。
- 技術由来クレジットは、一般的に永続性が非常に高い。
- 市場では、この永続性の高さが、クレジットの品質と価格を決定する重要な要因となっている。
カーボン市場が成熟するにつれて、買い手の目はますます洗練され、「何トンのCO2か」だけでなく、「その1トンは、どれだけ長く、どれだけ確実に隔離されるのか」という、より本質的な問いが重視されるようになります。国際開発の視点からも、途上国における自然由来プロジェクトの価値を正当に評価し、投資を促進するためには、dMRVなどの最新技術でそのリスクを正確にモニタリングし、炭素保険のような新しい金融ツールでそのリスクを低減させていく、という複合的なアプローチが不可欠となるでしょう。永続性という概念は、気候変動という超長期的な課題に対し、私たちがいかに誠実に向き合うかを問う、リトマス試験紙なのです。