気候変動と生物多様性の喪失という、相互に深く関連する双子の危機に直面する中、その両方に同時に働きかけるアプローチとして自然由来の解決策(Nature-based Solutions, NbS)が注目されている。このNbS活動に民間資金を大規模に動員するための金融エンジンとなるのが、自然由来カーボンクレジットである。
本記事では、国際開発と気候変動ファイナンスの視点から、この自然由来カーボンクレジットの全体像を捉える。森林保全から土壌改善、海洋生態系再生まで、多様な活動を含むクレジットが、いかにして途上国の持続可能な開発機会となり得るのか。その成功の鍵を握る市場の信頼性の課題、そして、活動の恩恵が先住民や地域コミュニティといった最も脆弱な人々へ確実に届くための公正な移行の重要性について解説する。
この用語の1〜2文の要点は自然由来カーボンクレジット(クイック定義)にまとめている。
自然由来カーボンクレジットとは、「森林、土壌、湿地、海洋といった生態系が持つ力を活用して、大気中のCO2を吸収・貯留、あるいは排出を回避する活動から創出される」カーボンクレジットの総称である。
これは、国際自然保護連合(IUCN)が定義する「社会課題に効果的かつ順応的に対処し、人間の幸福と生物多様性の両方に便益をもたらす、自然及び生態系の機能を保護、持続的に管理、回復するための行動(NbS)」を原資とするカーボンクレジットである。大気中からCO2を直接回収するDACCS(直接空気回収・貯留)などの工学的な解決策から生まれるカーボンクレジットと対比される概念であり、森林などを対象とするグリーンカーボン(陸域)と、マングローブ林や海草藻場を対象とするブルーカーボンクレジット(海域)の両方を含む。
自然由来カーボンクレジットの重要性は、気候変動対策を炭素という単一の指標から、より広範な価値を包含する「統合的な投資」へと昇華させる点にある。これは単なる炭素の貯蔵手段ではなく、多岐にわたる配当を生む「生きた自然資本への投資」と捉えることができる。
具体的には、途上国の熱帯林保全プロジェクトなどへの投資を通じ、CO2吸収という直接的なリターンに加え、以下のようなコベネフィットを創出する。
絶滅危惧種の生息地を守ることは、生態系のバランスを維持するために不可欠である。自然由来のプロジェクトは、多様な生物が共存する環境を保護・再生する役割を担う。近年は、こうした生物多様性への貢献そのものを独立して価値化しようとする生物多様性クレジットという手法も登場しており、自然由来カーボンクレジットと隣接・補完し合う関係にある。
森林や湿地は、流域全体の水源を涵養し、水質を浄化する天然のフィルターとして機能する。これらを保全することは、地域社会の水安全保障に直結する。
アグロフォレストリーやエコツーリズムといった、自然と共生する持続可能な生計手段を創出する。これにより、地域住民の雇用安定と所得向上が期待できる。
伝統的な知識や土地の権利を尊重し、先住民や地域コミュニティを「森の守り手」として位置づけることは、プロジェクトの持続可能性を高める上でも重要である。
自然由来カーボンクレジットの創出は、活動領域に応じて様々な国際基準や方法論に基づいて行われるが、その根幹にはベースライン&クレジットという共通の考え方がある。
地域の生態系と社会経済状況を深く理解した上で、炭素吸収とコベネフィットを最大化するための具体的な活動計画を策定する。
「もしプロジェクトが実施されなかった場合、どれくらいのCO2が排出(または吸収)されていたか」というシナリオに基づき、比較対象となる基準線(ベースライン)を設定する。
植林、持続可能な森林管理、土壌改良などを実施する。その成果としての炭素蓄積量の変化を、衛星データや現地調査を用いて継続的に監視する。
独立監査機関が、実際の成果とベースラインとの差分(追加性が認められる吸収・削減量)を検証する。その結果に基づき、管理団体(レジストリ)がクレジットを発行する。
アマゾンやコンゴ盆地などで、商業伐採や農地転用の危機にある森林を対象とする。地域住民と協力したパトロールや、持続可能な森林管理計画の導入により森林減少を防ぎ、排出が回避された量をクレジット化する取り組みはREDD+と呼ばれ、自然由来カーボンクレジットの代表例に位置づけられる。
中南米などの小規模農家において、従来の単一栽培から、コーヒーの木とシェードツリー(日陰を作る木)などを混植する農法へ転換する。これにより土壌の炭素貯留量が増加し、生物多様性の向上にも寄与する。
アフリカのサヘル地域などで、不耕起栽培や被覆作物の導入といった「再生可能農業」を実践する。劣化した農地の土壌有機炭素量を回復させることで、大気中の炭素を土壌へ固定する。
東南アジアなどで、過去にエビ養殖池などに転換され消失した沿岸域に、地域コミュニティと共にマングローブを再植林する。海洋生態系による高い炭素吸収能力を活用する取り組みで、ブルーカーボンクレジットとしても扱われる。
自然由来クレジット、とりわけREDD+を中心とする森林由来クレジットは、ベースライン設定の恣意性などをめぐって品質への疑義が繰り返し指摘されてきた。こうした課題を受け、ICVCM(自主的カーボン市場十全性評議会)は、動的ベースラインを採用するVerraの新しいREDD+方法論「VM0048」や、ガイアナなどが採用する法域単位(ジュリスディクショナル)の枠組み「ART TREES v2.0」「VCS JNR v4.1」を、国際基準「コアカーボン原則(CCP)」に適合するものとして承認しており、CCPラベル付きREDD+クレジットの発行が2025年初頭から始まっている。厳格な基準を満たしたクレジットに市場で高い評価(プレミアム)が付く傾向が強まっており、品質の「見える化」が業界全体の課題となっている。
クレジット市場の外側でも、森林保全への資金動員は拡大している。2025年11月にブラジル・ベレンで開催されたCOP30では、熱帯林を保有する国に長期的な資金を提供する新基金「Tropical Forest Forever Facility(TFFF)」が正式に発足した。世界銀行を受託者・暫定ホストとし、ノルウェーをはじめとする各国から60億ドルを超える拠出表明が集まっている。保全された森林の面積に応じて支払う成果連動型の仕組みで、拠出金の一定割合を先住民や地域コミュニティに直接配分する設計となっており、カーボンクレジット市場とは別建てながら、自然由来の炭素貯留・生物多様性保全に対する国際的な資金需要の高まりを象徴する動きである。
日本国内では、東京証券取引所のカーボン・クレジット市場における取引が拡大しており、2025年9月には参加者数が334者、累計売買高が100万トンに達した。森林由来のJ-クレジットや、海草藻場・海藻藻場を対象とする「Jブルークレジット®」など、国内独自の制度を通じた自然由来クレジットの創出・活用も広がりを見せている。
自然由来クレジットは方法論や実施地域によって品質のばらつきが大きいため、購入・投資を検討する企業にとっては、個別プロジェクトの環境十全性・社会十全性を客観的に見極める品質評価が欠かせない。サプライヤーやクレジットの品質を横断的に比較したい場合は、CDR PROのような専門サービスの活用も選択肢となる。
多くの場合、巨大な設備を必要とする工学的な解決策に比べ、より低コストで大規模なCO2の吸収・削減を実現できる可能性がある。
気候変動の緩和・適応だけでなく、生物多様性の保全、貧困削減など、複数の社会課題の解決に同時に貢献できる点は最大の強みである。
地球上には劣化した生態系が広範囲に存在しており、これらを回復させるポテンシャルは大きい。吸収源対策の規模を大きく拡大できる余地がある。自然由来クレジットの多くは現在、ボランタリーカーボンクレジット市場で取引されている。
森林火災や病害、違法伐採などによって、一度固定した炭素が再び大気中に放出されてしまう永続性のリスクをいかに管理するかが問われる。
ある特定の場所で森林を保護した結果、木材需要などの圧力が近隣の別の森林へ移り、そこで新たな伐採が起きてしまうカーボンリーケージを防ぐ手立てが必要である。
広大な森林や、目に見えない土壌・海底の炭素量を、正確かつ低コストでMRV(測定・報告・検証)し続けることは技術的に容易ではない。精度の高いデータ確保が課題となる。
プロジェクトの実施に伴い、地域住民の土地利用権が侵害されたり、収益が一部に独占されたりするリスクがある。先住民の「自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)」の保障が絶対条件である。
自然由来カーボンクレジットは、単なる排出量の埋め合わせツールではない。それは、地球の生命維持システムそのものに再投資し、気候と自然と人間のための「三重の勝利(Win-Win-Win)」を目指す、気候変動ファイナンスの重要な手段である。
その本質は、生態系の力を活用して気候変動と生物多様性の危機に同時に対処することにあり、途上国の持続可能な開発に貢献する大きな可能性を秘めている。一方で、その価値を真に発揮するためには、ICVCMによる品質基準の強化に見られるように、永続性や測定技術といった課題を克服し、地域コミュニティの権利を守る公正な仕組みを構築することが不可欠である。
Nature-based carbon credits are generated from activities that harness the power of ecosystems — forests, soils, wetlands, and oceans — to absorb and store atmospheric CO2 or avoid emissions. They are grounded in the IUCN’s definition of Nature-based Solutions (NbS): actions to protect, sustainably manage, and restore ecosystems that address societal challenges while delivering both human well-being and biodiversity benefits. Nature-based credits are typically contrasted with credits from engineered removal methods such as DACCS, and span both “green carbon” (terrestrial ecosystems) and “blue carbon” (coastal and marine ecosystems, such as mangroves).
Their importance lies in reframing climate finance as an investment in living natural capital, generating co-benefits — biodiversity conservation, water security, local livelihoods through agroforestry and ecotourism, and empowerment of Indigenous Peoples and local communities — alongside carbon removal. Credits are issued through a standard cycle: project design, baseline-setting, implementation and monitoring, and independent third-party verification against the baseline. Common project types include forest conservation (REDD+) in the Amazon and Congo Basin, agroforestry among smallholder farmers, soil carbon sequestration through regenerative agriculture in the Sahel, and mangrove restoration in Southeast Asia.
Internationally, REDD+ credit quality has faced sustained scrutiny over baseline manipulation. In response, the Integrity Council for the Voluntary Carbon Market (ICVCM) has approved Verra’s dynamic-baseline methodology VM0048 and jurisdictional frameworks such as ART TREES v2.0 and VCS JNR v4.1 as consistent with its Core Carbon Principles, with CCP-labelled REDD+ credits issuing from early 2025. Separately, the Tropical Forest Forever Facility (TFFF), launched at COP30 in Belém in November 2025 with the World Bank as trustee, secured over $6 billion in initial sponsor commitments to provide long-term, results-based payments to tropical forest nations, directing a share of funds to Indigenous Peoples and local communities. In Japan, the Tokyo Stock Exchange’s Carbon Credit Market has grown to 334 participants with cumulative trading surpassing 1 million tCO2 as of September 2025, alongside domestic schemes such as forest-derived J-Credits and J-Blue Credit®.
Key benefits include cost efficiency relative to engineered solutions, rich co-benefits, and scalability. Key challenges include permanence risk (fire, disease, illegal logging), carbon leakage, the complexity and cost of MRV (measurement, reporting, and verification), and social risks requiring free, prior and informed consent (FPIC) from local communities. For buyers evaluating supplier and project quality across nature-based credit types, platforms such as CDR PRO can help compare projects on a consistent basis.