二国間クレジット制度(JCM)とは?わかりやすく解説|What Is the Joint Crediting Mechanism?

村山 大翔

村山 大翔

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はじめに

京都議定書が定めたCDM(クリーン開発メカニズム)の複雑さや課題への反省から、日本が主導して構築した、より迅速で柔軟な国際協力の形が「二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism, JCM)」です。これは、日本の優れた脱炭素技術や製品、システム、インフラをパートナー国(主に開発途上国)に提供し、その貢献によって実現した温室効果ガス(GHG)排出削減・吸収量を、両国で分け合う(クレジット化する)という、日本独自の革新的な枠組みです。

本記事では、このJCMを「国際開発と気候変動ファイナンス」の視点から深く分析します。JCMがいかにして、日本の官民の資金と技術を、パートナー国の持続可能な開発へと動員(Finance Mobilization)するのか。その独自のガバナンスがいかにして市場の信頼性(Integrity)を確保しようとしているのか。そして、この二国間の「パートナーシップ」が、いかにして公正な移行(Just Transition)に貢献しうるのか。パリ協定6条との関連性という、2025年現在の最新の文脈の中に位置づけながら、その全体像を解説します。

用語の定義

一言で言うと、JCMとは**「日本がパートナー国と協力し、脱炭素技術の提供などを通じて実現したGHG排出削減への貢献を、定量的評価し、日本の削減目標達成にも活用する二国間協力の仕組み」**です。

JCMは、日本と、アジア、アフリカ、中南米、中東、大洋州などのパートナー国(2025年9月時点で29カ国)との間で、二国間の合意文書に署名することから始まります。両国政府の代表者で構成される「合同委員会(Joint Committee)」が、制度全体の運営を担い、排出削減量を算定するための方法論の承認や、クレジットの認証・発行に関する最終決定を行います。このトップダウンの国連主導型であったCDMとは異なる、二国間での迅速な意思決定が最大の特徴です。

重要性の解説

JCMの重要性は、従来の「援助」という関係性を超え、両国が互いに利益を得る「国際的な共同事業(ジョイント・ベンチャー)」として、気候変動対策を推進する点にあります。

これは、先進的な技術を持つ日本の企業と、成長のポテンシャルを持つ現地の企業が、合弁会社を設立するのに似ています。日本の企業は技術と資金を「出資」し、現地の企業は市場へのアクセスや労働力といった「現物出資」をします。そして、事業から生まれた利益(=排出削減クレジット)を、あらかじめ決められたルールに従って両者で分け合います。

この「パートナーシップ」という考え方は、CDMが抱えていた多くの課題に対する、日本からの回答です。国連による画一的で時間のかかる審査プロセスを経ずに、両国の実情に合わせて柔軟かつ迅速にプロジェクトを進めることができます。これにより、日本の優れた技術が、パートナー国の具体的な開発ニーズと結びつき、新たなグリーン市場を創出することが期待されます。これは、日本の技術力と民間資金を、世界の脱炭素化へと動員するための、極めて戦略的な気候変動ファイナンスのメカニズムなのです。

仕組みや具体例

JCMのプロジェクトサイクルは、二国間の合同委員会を中心に、迅速かつ効率的に進められます。

  1. 方法論の策定・承認: プロジェクトで用いる排出削減量の算定方法(方法論)を、プロジェクト参加者が提案し、両国の専門家で構成される合同委員会が承認します。
  2. プロジェクトの計画・登録: 承認された方法論に基づき、プロジェクト計画書を作成し、合同委員会に登録を申請します。
  3. モニタリング・報告: プロジェクト実施後、計画に従って排出削減量を測定(モニタリング)し、報告書を作成します。
  4. 検証: 第三者機関が、報告書が方法論に準拠し、削減量が正しく算定されているかを検証します。
  5. クレジットの発行・配分: 合同委員会が、検証結果を審査し、JCMクレジットとして発行を決定。発行されたクレジットは、あらかじめ定められたルールに基づき、日本とパートナー国双方に配分されます。

具体例:ケニアにおける地熱発電プロジェクト

  • 背景: ケニアは高い地熱ポテンシャルを持つが、その開発には高度な技術と資金が必要。
  • プロジェクト: 日本政府の資金支援を受け、日本の企業が持つ高効率な地熱発電タービンを導入。
  • 成果: クリーンな電力を安定的に供給し、化石燃料による発電を代替することでGHG排出量を削減。この削減量がJCMクレジットとして発行され、一部が日本の目標達成に活用される。
  • 持続可能な開発への貢献: ケニアのエネルギー自給率向上、産業振興、雇用創出に貢献。

国際的な動向と日本の状況

2025年現在、JCMは、パリ協定が目指す国際協力のあり方を具体化する、世界で最も先進的な取り組みの一つとして、国際社会から大きな注目を集めています。

国際的な動向:パリ協定6条2項との関係

JCMは、パリ協定6条2項が定める「協力的アプローチ」を具現化する、主要な先行事例と位置づけられています。6条2項は、国同士が直接合意し、排出削減の成果(ITMOs)を取引することを認めており、JCMの仕組みと完全に合致しています。JCMから創出されたクレジットを日本のNDC達成に活用する際には、二重計上を防ぐための「対応調整(Corresponding Adjustments)」が不可欠となり、日本とパートナー国は、そのための報告・管理体制の構築を進めています。

日本の状況:

日本は、2030年度のNDC目標(2013年度比46%削減)の達成に向け、JCMによるクレジットを重要な手段として明確に位置づけています。政府は、パートナー国の拡大とプロジェクト形成の加速に力を入れており、JCMは日本の気候変動外交と国際貢献における、ますます重要な柱となっています。

メリットと課題

JCMは多くの利点を持つ一方で、その独自性ゆえの課題も指摘されています。

メリット:

  • 迅速性と柔軟性: 国連が介在しない二国間での意思決定により、CDMに比べてプロジェクトの承認プロセスが格段に速い。
  • 優れた技術の普及促進: 日本の先進的な脱炭素技術の海外展開を強力に後押しする。
  • パートナー国の主体性の尊重: パートナー国が合同委員会を通じて、制度運営に主体的に関与できる。
  • 持続可能な開発への貢献: プロジェクト形成にあたり、パートナー国の開発ニーズに貢献することが重視される。

課題:

  • 信頼性(Integrity)と透明性: 二国間の合同委員会が、方法論の承認やクレジットの発行を決定するため、「身内の論理」で基準が甘くなるのではないか、という外部からの懸念がある。その信頼性を国際社会にどう証明していくかが最大の課題。
  • 限定的なスケール: 二国間協力の積み重ねであるため、グローバルな炭素市場に比べて、その規模や流動性は限定的となる。
  • 公正な移行(Just Transition)の視点: 技術移転に重点が置かれる一方で、プロジェクトが地域の生態系や、先住民・地域コミュニティの権利に与える影響に対する、社会的・環境的セーフガードが、ゴールドスタンダードのような国際基準と比較して十分であるか、という点が問われることがある。

まとめと今後の展望

二国間クレジット制度(JCM)は、日本の強みを活かして、世界の脱炭素化と途上国の持続可能な開発に貢献するための、野心的で実践的な国際協力のプラットフォームです。

要点:

  • JCMは、日本の脱炭素技術の提供を通じて、パートナー国と共同でGHG排出削減を実現し、その成果を両国で分け合う仕組みである。
  • CDMの教訓を活かした、迅速で柔軟な二国間での意思決定を特徴とする。
  • パリ協定6条2項を具現化する、世界で最も先進的な先行事例として国際的に注目されている。
  • その成功の鍵は、二国間で運営される制度の信頼性と透明性を、いかに国際社会に証明できるかにかかっている。

今後の展望として、JCMはパリ協定6条の本格的な運用開始と共に、その真価が問われる新たなステージへと移行します。JCMから生まれたクレジットが、国際的に信頼される「ITMOs」として円滑に取引され、日本のNDC達成に実質的に貢献できるか。そして、そのプロセスが、パートナー国における真の技術移転と、公正で持続可能な社会の構築に繋がるのか。この「日本モデル」の挑戦の成否は、今後の国際的な気密変動協力のあり方を占う、重要な試金石となるでしょう。