気候変動対策は、単に温室効果ガスを削減するだけの取り組みではない。一つの賢明な対策が、大気汚染の改善、新たな雇用の創出、人々の健康増進といった、地域社会が抱える他の課題をも同時に解決する力を持っている。
このように、気候変動対策という主目的の達成に伴って生まれる、複数の副次的な便益のことをコベネフィット(Co-benefits)、日本語では共同便益と呼ぶ。
本記事では、国際開発と気候変動ファイナンスの視点から、コベネフィットという考え方が、いかにして途上国の開発課題と気候変動対策を結びつけ、より多様な資金を動員し、公正な移行を実現するための鍵となるのかを解説する。
コベネフィットとは
コベネフィットとは、気候変動対策という一つの行動から生まれる、環境、社会、経済にわたる複数のプラスの効果のことである。
これは、気候変動対策を「コスト」としてではなく、持続可能な社会を築くための「投資」として捉え直すための重要な概念である。政策やプロジェクトを計画する際、意図的にコベネフィットを最大化するよう設計することで、より多くの関係者からの支持を得ることが可能となる。
コベネフィットの重要性
コベネフィットという視点は、気候変動対策を世界全体で、特に開発途上国で加速させる上で、戦略的に極めて重要である。その理由は主に以下の4点に集約される。
資金動員の多様化
気候変動対策プロジェクトが、例えば「大気汚染改善による市民の健康増進」や「生物多様性の保全」といった明確なコベネフィットを持つ場合、アクセスできる資金源が広がる。気候変動対策予算だけでなく、保健医療分野や環境保全分野の予算、さらには社会的インパクトを重視する民間投資など、より幅広い資金源へのアプローチが可能になるのである。
途上国における政策的優先順位の向上
多くの開発途上国政府にとって、貧困削減、雇用創出、エネルギーアクセスといった喫緊の開発課題は、長期的な気候変動問題よりも優先順位が高くなりがちである。しかし、気候変動対策がこれらの開発課題の解決に直接貢献することを示せれば、国内での政治的な支持を得やすくなり、対策の実施が強力に後押しされる。
公正な移行の具現化
気候変動対策が、一部の人々に不利益をもたらすことがあってはならない。例えば、地方の農村に再生可能エネルギーを導入する際、クリーンな電力供給(気候便益)と同時に、地域に新たな雇用を生み、女性が薪集めにかけていた時間を削減する(社会的便益)といったコベネフィットを伴うことで、その移行はより公正で包摂的なものとなる。
SDGsとの連携
コベネフィットは、SDG13(気候変動に具体的な対策を)と、貧困、飢餓、保健、ジェンダー、エネルギーといった他の多くのSDGsとを結びつける「架け橋」の役割を果たす。これにより、各政策が縦割りにならず、統合的で効率的な開発計画の策定が可能になる。
仕組みや具体例
コベネフィットは、様々な気候変動対策プロジェクトの中に具体的に見出すことができる。以下に代表的な例を挙げる。
| 気候変動対策プロジェクト | 主目的(気候便益) | 主な共同便益(コベネフィット) |
| 再生可能エネルギーの導入 (太陽光・風力発電など) | 化石燃料の代替によるCO2排出削減 | 健康・経済 大気汚染物質の削減による市民の健康改善。 雇用 建設・保守における新たな雇用の創出。 安保 エネルギー自給率と安全保障の向上。 |
| 地方電化と改良型調理コンロの普及 | 薪や灯油の消費量削減によるCO2排出削減 | 健康 室内空気汚染の改善による、女性や子供の呼吸器疾患予防。 ジェンダー 薪集めの労働時間削減による、女性の社会進出や子供の就学機会の増加。 |
| 森林保全・再生 (REDD+など) | 森林減少・劣化の抑制によるCO2吸収・固定 | 環境 生物多様性の保全。 水資源 水源涵養機能の維持による水の安定供給。 社会 先住民や地域コミュニティの生活基盤の保護。 |
| 公共交通システムの整備 (都市鉄道、BRTなど) | 自家用車から公共交通へのシフトによるCO2排出削減 | 経済 交通渋滞の緩和による経済効率の向上。 生活環境 大気汚染・騒音の低減。 安全 交通事故の減少。 |
国際的な枠組みと日本の取り組み
国際的な評価基準としての定着
コベネフィットは、国際的な気候変動ファイナンスにおいて、プロジェクトを評価する際の重要な基準として定着している。
例えば、緑の気候基金(Green Climate Fund, GCF)は、資金供与の判断を行う際の6つの主要な投資基準の一つとして「持続可能な開発の可能性(Sustainable development potential)」を挙げており、これは実質的にコベネフィットを評価するものである。また、世界銀行などの国際開発金融機関も、投融資プロジェクトがもたらす気候変動緩和・適応効果を定量的に把握し、開発支援と気候変動対策の統合を推進している。
日本の取り組み
日本においても、政府開発援助(ODA)や国際協力の現場でコベネフィットのアプローチが重視されている。
国際協力機構(JICA)は、「コベネフィット型気候変動対策」を掲げ、途上国の開発課題解決に貢献する気候変動対策プロジェクトを支援している。また、二国間クレジット制度(JCM)においても、単なる温室効果ガスの削減にとどまらず、優れた脱炭素技術の移転を通じて、パートナー国の持続可能な開発に貢献することが制度の重要な目的とされている。
メリットと課題
コベネフィットのアプローチは多くの利点をもたらすが、その評価と実現には留意すべき課題も存在する。
メリット
- 統合的アプローチによる効率性
気候と開発という複数の課題に同時に取り組むことで、資金や政策資源を効率的に活用できる。 - 幅広いステークホルダーの支持
多様な便益を示すことで、政府、市民社会、民間企業など、より多くの関係者からの理解と協力を得やすくなる。 - プロジェクトの持続可能性向上
地域社会が直接的な便益(健康改善や雇用など)を実感できるため、当事者意識が高まり、プロジェクトの長期的な成功に繋がる。
課題
- 定量化と金銭的評価の難しさ
「健康の改善」や「生物多様性の保全」といった効果を、客観的な数値や金額として評価することは技術的に容易ではない。 - 「コベネフィット・ウォッシング」のリスク
プロジェクトの正当性を高めるために、根拠が薄いにもかかわらず過大なコベネフィットを宣伝する、一種のグリーンウォッシングが行われる懸念がある。 - トレードオフの存在
ある対策がプラスの効果を生む一方で、別の側面でマイナスの影響(例:大規模発電所建設による土地利用変化)をもたらす可能性があり、慎重な評価が求められる。
まとめ
コベネフィットは、気候変動対策を負担の大きい「義務」から、より豊かで公正な社会を築くための「機会」へと転換させる強力な視点である。それは、地球環境の未来と、そこに暮らす人々の今日の幸福とを両立させるための知恵と言える。
- コベネフィットは、一つの気候変動対策から生まれる、環境・社会・経済にわたる複数のプラスの効果である。
- 途上国の開発課題と気候変動対策を統合し、より幅広い資金動員を可能にする。
- 公正な移行やSDGsの達成に貢献する上で、中心的な役割を果たす。
- 効果の定量化には課題が残るものの、国際的なプロジェクト評価において不可欠な要素となっている。
コベネフィットが単なる定性的な付加価値ではなく、プロジェクトの価値を左右する中核的な要素として認識されることが、真に持続可能な未来を築くための鍵となるであろう。

